第263話 負けられぬ戦い。④

――ドルマン伯爵家――



「何が一カ月で新薬を作れだ! しかも一発で効果が出る薬なんぞあるはずがない!」

「それも二つ以上でしょう? 無理がありますよ!!」



我がドルマン伯爵家は荒れに荒れていた。

というのも、ノジュ姫殿下の後ろ盾となっている我々に、ノジュ姫殿下が無理難題を押し付けてきたからだ!



『ドルマン伯爵家だったら作れるわよね? そうね~? 飲むと一発で美女になる薬とか? まぁ私以上の美女なんて早々居ないとは思うけど、あとは、誰もが見たことも無いような凄い薬ね! ダンノージュ侯爵家のやってるダイエットとか言う奴を潰したいから、飲んだら即痩せる薬! じゃ、お願いね~』



そう言って去っていたノジュ姫殿下に、ドルマン伯爵家全員が頭を抱えた。

どれだけ阿呆な姫殿下であろうと、利用価値があると思って後ろ盾になったというのに!



「別の薬では駄目なんですか……?」

「別を持っていけば姫殿下の機嫌を損ねるぞ?」

「でも無理ですよねそう言う薬……治験もしてないのに世に出せませんよ!」

「煩い黙れ!! 姫殿下がご所望なら作るしかあるまい。それに、作ったところで誰が飲むわけでもないのだから、『作った』と言う実績が必要なのだ!」

「でしたら、当主自ら作ってくださいよ? 俺達は別の薬で忙しいんですから」

「たまには凄い発明をして下さい」

「知った口を叩くな! 俺は忙しいのだぞ!」

「知りませよ、こっちは納期がギリギリなのが幾つもあるんです! 研究している薬を辞めて姫殿下の薬を優先してくださいね!! 俺達責任取りたくないんで!」



そう言って薬師や薬剤師たちは部屋を出て行ってしまった。

クソ! 私とて暇ではないのだ!

エリクサーを作るのにどれだけの時間と労力を掛けてきたと思う!

完璧なものが作れず苦労しているというのに!! この忙しい時期にフワッとした依頼何ぞ持ってきやがって!!

どれもこれも、解呪薬が必要になる様な依頼じゃないか!!

解呪薬が居るような薬となると、変身の薬になるが……そんなものを世に出せば、たちまち混乱することが何故分からない!!

そもそも解呪薬はロストテクノロジー持ちの神官しか作れない高級品だぞ!



「……だが断れる状態ではなさそうだな」



昨夜のパーティーには俺も出席していた。

あの場でノジュ姫殿下は、出来なかったら修道院に行くと言っていたのだ。

一応作ろうと思えば作れなくはない。

過去の文献から『心の美しさが全身に出る薬』と言う物が存在するのを確認している。

だが――この薬は『禁忌薬』として記されている最も危険な薬でもあった。

しかも解呪薬が効かないという恐ろしいレシピで、呪いの上書きの様な薬だと記されていたのを覚えている。

だが、作らねば姫殿下からどんな罰を受けるかもわからない。

それに、何より時間がない。

一瓶で二つの効果があるのなら、姫殿下も納得してもらえるだろう。

だが、作るとしても一瓶だけだ。

その後、破棄すればいい。

もう一つは今作りかけのエリクサーで我慢して頂こう。

暫く徹夜が続くだろうが仕方ない……研究とは徹夜もついてまわるものだ。


兎に角、今は作りかけのエリクサーを作り上げて、話はそれからだ。

一本でも出来れば十分だろう。


それに、幾らダンノージュ侯爵家の知恵の女神と言えど、薬に精通している筈がない。

彼女は箱庭師だ。

ただの箱庭師に何が出来る!

それに、ダンノージュ侯爵領では我がドルマン製の薬が全く売れない。

仕入れも全くと言っていい程なく、薬師のレベルが我がドルマン伯爵家より高い者を雇っているとは思えない。

雇っていなくとも、薬師レベルが50もあるような者がポンポンいる方が異常なのだ。

だから、ダンノージュ侯爵領ではきっと粗悪な薬が出回っているに違いないのだ!!


そもそも、各薬草は見つけるのも大変だが、収穫とて大変なのだ。

冒険者に頼っていても、冒険者の中に『植物師』を雇い入れて回しているのだから。

その『植物師』とて、あらゆる薬草を扱えるとは思えない。

そもそも薬草事態が珍しいものなのだから!

あらゆる薬草がもし群生しているような場所があるというのなら、見てみたいものだな!



「兎に角、あと半月でMPポーションを飲みながらエリクサーを作り終えねば……」



私の薬師レベルは45だ。

45レベルでエリクサーに挑むのは、浪漫があるからだ!

とても作れそうにないレベルなのに、そこに挑んで作り上げた時の達成感と優越感。

その為ならばなんでもしようじゃないか。


しかし、何故禁忌として扱われているような薬を作らねばならないのか……。

まぁ、直ぐに破棄して、ノジュ姫殿下が飲みたいと言えば中にポーションでも入れておいてやろう。

結果として、陛下に見せれば良いだけなら問題ない。きっと問題はない筈だ。

騙すような真似にはなるが、どうせあの娘では作れないのだから勝ちは見えたな。



「あの娘がダンノージュ侯爵家から籍を抜かれたら、俺が貰ってやってもいいな」



あれ程の美しい娘を自分の隣で助手として働かせるのも悪くはない。

どこもかしこも触りたい放題だ。

そんな事を思いながら半月はエリクサーに、そしてもう半月は『心の美しさが全身に出る薬』を作れば問題は無かろう。

必要なアイテムも揃っているだろう。


しかし、何か引っ掛かる。

ナニカを忘れているような気がする。

何だったか……何故禁忌とされていたのか、そこだけは思い出せない。



「まぁ、さして問題はないさ」



そう思いながら、勝ち戦と思えれば気も楽になり、来月にはあの娘を隣に置いて仕事が出来ることを想像しながら薬を作った。

だが、それは後に――ドルマン伯爵家を揺るがす問題になるとは、誰も想像していなかったのだ。




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