第237話 ナウカの温泉(上)
――ナウカside――
箱庭を開けられていないのは、オレだけになった。
ロニエルは年齢制限的に開けられないのだから仕方ないのだけれど、でも兄のように目先の欲だけで開けようとは思わない。
自分の思い描く、沢山の老人の終の棲家こそが、オレの作りたい箱庭。
ゆっくりとした時間の中で、思い思いに過ごせる……そんな箱庭が作りたかった。
箱庭を使う老人達の気持ちを、より深く想像して、怪我もなく過ごせるような箱庭作り。
そう思うと、やっぱりリディア様の箱庭が理想的だった。
生き甲斐となれるやるべきことがあって。
楽しいと思える子供達とのふれあいがあって。
笑い声の絶えぬ生活があって。
それこそが、終の棲家の最終形態なんじゃないだろうか。
そう思ったら、自分の求める終の棲家の難しさに直面したんだ。
マリシアの祝いの席が終わった翌日――オレはリディア様に問いかけた。
『終の棲家はリディア様の箱庭がそうではないか』と。
リディア様は少し悩んで『そうかもしれないわね』と語った。
「ここは一つの村のようになっているから、なおさらそう感じるのかも知れないわ」
「そうですね……誰かの役に立てるような場所を作りたいのに、居場所を作ると言うのは難しい事だと分かりました」
「ナウカ……」
「そんなオレでも、誰かの居場所を作れるような箱庭を作れるでしょうか」
住んで良かった、此処で良かった、此処があるからこそ生きていける。
そんな誰かの為の場所を作れるだろうか。
「別に老人に拘っているわけではないんです。ただ……誰かの為になる場所を作りたいと思っているだけなんです」
「そうなのね……それだったら、わたくしがもし、もう一つ箱庭を作れるとしたら欲しいと思うのはあるわ」
「どのようなものでしょう」
「今王太子領専用の託児所はあるわ。でも王都やダンノージュ侯爵領に作る託児所は出来ていないの」
「そうだったんですか?」
「ええ、託児所があれば子供達が安全に過ごせるし、勉強だってできるわ。勉強ができれば将来の仕事の幅が広がるし、子供達がある程度成長して巣立つ時、基礎となる助けになる部分が出来上がるの。そしてもう一つ作りたいのは……孤児院よ」
「孤児院……」
「孤児の多さは貴方も知っていると思うけれど、受け入れ先がない程に膨れ上がっている場所もあるの。その為の孤児院はどうしても必要だと思うわ。国が行うべき問題ではあるけれど、国すら手が付けれられない程に多いのも問題の一つなのよ。今後はどうするべきかカイルと相談している所なのだけれど、ダンノージュ侯爵家の名で孤児院を作ろうと言う話は出ているわ。それともう一つ出ているのが、子を失ったお年寄り達が集まって生活する『老人ホーム』ね」
「老人ホーム……確かに子がいないお年寄り達はどうしているんでしょうか」
「最低限の生活は出来ているけれど、炊き出しに食べに行ったりしていると言う話は聞いたわ」
「……」
「ナウカ、貴方の言うお年寄りの終の棲家には、老人ホームと言うのも大事ではなくて?」
「でも、生き甲斐や子供達との触れ合いと言うのが」
「そこは、老人ホームから派遣するのよ。託児所でもいいし、孤児院でもいいし、この箱庭でも構わないわ。それがお金になると思えば、老人ホームに住む方々も少しは安心するかもしれないわね。ただ、孤児院と老人ホームに関してはダンノージュ侯爵家の名で作る予定ではあるのよ。問題は託児所ね」
「確かにミレーヌさんの様な託児所があれば、子供達は安心して過ごせるし、尚且つ捨てられそうな子供達は助けることが出来ますよね。ロニエルのような子供が今後もいないとは限らない」
「ええ、そうなるわ」
「託児所か……」
「一つの案として考えてみてはどうかしら」
確かにロニエルの様な子どもがいないとは限らない。
ロニエルは本当に運よくリディア様達に救われた子供なんだ。
そして、王太子領の託児所はミレーヌさんがやってくれているけれど、ダンノージュ侯爵領や王都にはないのなら、託児所があって助かる子供の命も多いのかもしれない。
「考えてみます。助けるのに理由はいりませんが、助かる命があるのなら何とかしたいですし」
そう言うとオレはリディア様に一礼して誰も使っていない教室へと向かった。
そこで広げたノートには自分で考えた案を殴り書きにしてあるけれど、確かに託児所の事はあまり考えたことが無かった。
もしダンノージュ侯爵領や王都でロニエルの様な子供がいるとしたら、何とかしてやりたい。
「託児所か……」
ミレーヌさんの託児所はとても大きかった。
全室を見せて貰ったけれど、とても大きな家で庭もとても広かった。
老人ホームと孤児院はダンノージュ侯爵家の名前で作ると仰っていた。
だが託児所はそうはいかない。
もしオレが託児所を作るとしたら、平屋のとても大きくて長い部屋にしたい。
子供は階段を上がるのが好きだし、そこでの事故が怖いからだ。
そう思った時、リディア様から頂いた本に『廃校を使った』と言う一つのページに行きついた。
とても古い平屋に、見たこともない屋根を使った木造の大きな小屋だろうか?
いや、作りとしてはマリシアの作った屋敷にも近く思える。
長い廊下、各場所にある大きなトイレ。
大きな中庭を囲むようにぐるりと回された長屋は一つ一つの部屋も大きく、中庭には大きな木や子供が遊ぶための遊具が沢山おかれてあって、大きな池もあった。
砂場に遊具に大きな池、更に太く大きな立派な木。
校舎の裏手と書かれた場所には精密な絵が書かれていて、山には毎年収穫できる果物が書かれてあった。それを子供達が収穫時期になると全員で収穫していたとも書いてあって、中々に魅力的だった。
更に畑もあり、年に一度そこで収穫した野菜を皆で食べるのだと書いてあったのには驚いたが、量が多い時は子供達が家に持ち帰る事も出来たそうだ。
広い長屋の家にとても大きな中庭。更に裏には山と畑……駆け回る子供達を思い浮かべると、それはとても楽しかった。
オレだってそんな託児所があったら家に帰りたがらないかも知れない。
更に驚いたのは、その長屋にはベルがあったそうだ。
決まった時間になるとベルがなり、子供達はそれに応じて行動をしていたらしい。
外廊下だって立派な作りだ。雨風をしのぐための物だと分かるが、子供達がここで集まって秘密の会話をしている姿を想像すると、思わず笑みが零れた。
「託児所……良いかもしれないな」
作りたかったのは――誰かの為の場所。
作りたい箱庭は――誰かの居場所になるような箱庭。
怪我をした時は、薬師が常駐していれば直して貰えるだろうし、ポーションだって支給して貰えるだろう。
子供とはヤンチャなものだ。
多少の怪我は日常茶飯事だけど、安全面も大事だし、子供達が自由に過ごせる時間や勉学の時間とは大事だと思う。
そして何より、窮屈な場所ではなく、広々とした場所が必要だ。
ミレーヌさんの託児所では、中に温泉が無い為リディア様の箱庭に温泉を入りに来ているけれど、これ以上子供達が増えてリディア様の箱庭に負担が掛かっては問題だ。
広い男女の温泉も用意すれば、子供達はいつでも汗を掻いたら温泉で綺麗に出来る。
「アリじゃないか?」
0歳から12歳までの子供をシッカリと預かり、勉学に励んでもらい、遊びにも夢中になって貰い、年下の子の世話をしたり、年上の言う事をちゃんと聞いたり……子供社会でルールを覚えていく事も出来る。
問題行動のある子供にはシッカリと親への連絡を付けて……そんな事を考えながら自分の箱庭を想像するのはとても楽しかった。
気が付けば外は夕焼けに染まっていて、慌てて本と、託児所への構想を書き込んだノートを鞄に仕舞い外に出ると、丁度ミレーヌさんの託児所の子供達が晩御飯を食べに来ている所だった。夜の部に変わったみたいだ。
そして、丁度ミレーヌさんが居たので話を聞く機会ができ、気になっていた事を質問したところ――。
「王太子領では冒険者の子供も多くいるんですよ。でも冒険者って毎日と言っていい程、冒険しているでしょう? だから子供達の中には二日託児所で過ごす子供も多いですよ」
「冒険者の子供ですか」
「ダンノージュ侯爵領でもダンジョンがありますから、お家で、一人で両親を待っている子供も多いのでしょうね」
それを聞いた時、胸が熱くなった。
一人で食べる食事の寂しさを思い出し、子供の頃あれほど悲しい食事は無いと――。
嗚呼……そうか。
寂しさを埋める為にも、託児所は大事なんだ。
そう思ったら、自分の中で気付かなかった気持ちに気づけた。
――俺の箱庭では、誰も寂しがって欲しくないんだ。
そう思った瞬間、胸が異様に熱くなって、今すぐにでも何かを吐き出したいほどに熱くて、オレの異変に気付いたミレーヌさんがリディア様を呼んできて……それからオレは直ぐに鏡池の場所まで連れていかれて……全部全部、先程まで考え居たあの長屋の姿を思い浮かべ――箱庭が開いた。
俺の箱庭は……リディア様の箱庭に近い、優しい光で出来ていた。
色はリディア様がパール色ならば、俺は白銀だろうか……。
胸の熱さは既になく、その熱さはきっとこの白銀に消えていったのだろう。
でも、本当に思い描いた箱庭が出来たのかはオレにも分からない。
その事をリディア様に伝えると、一日呼吸を整えてから明日朝一番に入ってみようと言う事になった。
俺の箱庭は……シッカリとではなく、こうあればいいなと言う感覚でしか……想像を膨らませただけの形だったのに、ちゃんとできてるだろうか。
その不安は翌日――思わぬ展開で消え去る事になる。
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本日二回目の更新です。
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