第254話 狂い始める歯車⑥

――カイルside――



ダンノージュ侯爵領の冒険者が、相次いで死んでいた。手にはモランダルジュ伯爵が死んだときと同じ瓶を握っていた。

――そう報告を受けた時、ついにダンノージュ侯爵領に来た! と頭を抱えた。

最初に狙われた場所は王太子領だった。

王太子領では70人を超える冒険者が薬で死んだ。

その内徐々に薬を改良したのだろう、50人が廃人のようになった。


王太子領は冒険者が多い、そこに目を付けたのだろう。

だが一人で出来る事ではないし、貴族が絡んでいるのは明確だった。しかし肝心の貴族が分からない。

メリンダと懇意にしていた貴族は多くなく、全てを調べても痕跡は見当たらなかった。

他にメリンダと懇意にしていた貴族はいるのだろうかと話し合っている間に――ダンノージュ侯爵領に現れた。



「クソ! 殺やれた!!」

「ダンノージュ侯爵領に来るとは大胆だね」

「殺された数は20人か……結構な人数を殺られたね」

「冒険者も馬鹿ではない筈なんだけどね……」

「今ナインさんたちも走り回って調べている所ですが、これと言った情報は無かったようで」

「深夜の犯行か?」

「だとしても――、」

「皆さんにお話があるんです! 聞いてくれますか!!」



俺達の話を遮るようにマリシアが叫ぶ声が聞こえ、彼女の方に視線が向かう。

すると彼女は駆け足でテーブルまで近づくと、息を整えてから「実は、」と語りだした。

何でも、モランダルジュ伯爵が内々で決めていたメリンダの婚約者がいたらしい。

メリンダは相手の執着心がウザったいと言う理由で半年でお断りの連絡を入れたらしいが、相手はメリンダの気持ちが落ち着くまで待つと言う事で、婚約破棄はしなかったのだそうだ。

家族の中だけで、内々でやっていた婚約があるのなら、それは誰も知らない情報だった。



「お相手の名前しか知りませんが、マクシミアンと言う名の貴族男性でした。見目は良い方だったと思うんですが、彼は姉を盲目的に崇拝していたように思えます。濁った眼の男性でした」

「マクシミアン……伯爵家か?」

「メリンダの周辺を調べる際には出てこなかった名前だ」

「直ぐに祖父に連絡してくる」



そう言うと俺は立ち上がり祖父のいるダンノージュ侯爵家に向かった。

祖父に「マクシミアンと言う男性とメリンダが内々で婚約していたらしい」と言う話をすると、直ぐに立ち上がり一緒に陛下の元へと向かう事となった。

火急の要件と言う事で直ぐに謁見の間に通された俺と祖父は、ミランダから聞いた話をすると陛下は口を結び暫くしてから「直ぐに調べさせる」と口にした。



「マクシミアンと言う名しか知りませんが、一体どのような人物なのでしょうか?」

「マクシミアン・フロレンツィ伯爵は、社交界では有名な男だ。老いた両親から生まれた為可愛がられ過ぎて自制が効きにくい男だと言う話だが、婚約していたと言う話は初めて聞いた。常に刺激を求める危険な男でもあり、彼自身も薬師と言うスキルを持っている。だが薬師としての仕事はしておらず、世の貴族達からは『ハズレ伯爵』と呼ばれている」

「『ハズレ伯爵』ですか……」

「仕事のできない無能と言う事だ。彼の両親は常に息子に『もっとしっかりして欲しい』『伯爵家の仕事を覚えて欲しい』と言われていたようだが、それさえも出来ず、王都外れの家に閉じこもっているとも聞いている」

「「……」」

「だが有力な情報だ。メリンダが潜んでいるならそこしかないだろう」

「恐らくは……」

「もしメリンダが見つからなかったとしても、マクシミアンを拘束し貴族牢に入れておけば良い。流石に頼る貴族が居なくなれば何もできまい」



そう陛下が口にすると、今日中に片が付きそうだと言う事で俺と祖父は城で暫く待つ事になった。

結果がどうあれ、聞いておかねばマリシアの不安は大きくなるだろう。

これで見つかってくれれば問題は無いが、大量殺人の容疑で既に死罪は免れないし、その手助けをしたマクシミアンの処罰も厳しいものとなるだろう。



「これ以上、王太子領やダンノージュ侯爵領で暴れて貰っても困るからな」

「冒険者の命とは言え、命は命だ。差別することなく罪を償って貰う必要がある」



メリンダ事件と呼ばれる今回の事件で、スッカリ王都も静まり返ってしまった。

何時何処で殺されるか分からない為、王都でのサルビアの仕事もストップしてしまっている。

問題が片付けば何とかなりそうではあるが……こればかりはどうなるか分からない。

更に言えば、温泉に入れない貴族達の鬱憤も相当溜まっているらしく、陛下には早く捕まえてほしいと言う嘆願書が山のように届いているらしい。

そして、クウカの仕事の穴もまた、大きな問題になりつつあるのだとか。


疲労回復効果の高い温泉ではないにしろ、温泉で身体を解したり、ゆっくり湯に浸かると言う仕事終わりの娯楽が無くなったのは、かなりの痛手なのだとか。

ファビーの温泉は既に日の曜日まで埋まってしまっている為、借りることも出来ず、城の内部も少々荒れ始めているらしい。

温泉があるのならどこでもいいし誰でも良いから貸して欲しいと言うのが、城で働く者たちの悲痛な声だと祖父は教えてくれた。



「陛下は城にある湯屋を改築する予定だそうだ。金は掛かるがこれ以上鬱憤をためてしまうのは得策ではないと思ったのだろう。だが問題はその湯屋なのだが……メリンダ事件が落ち着いたらファビーとリディアに案を出して貰えないかと頼むつもりらしい」

「それは大きな仕事となりそうですね」

「サウナは無理でも風呂だけはなんとかしてやらねばなるまい……と言うのが陛下の気持ちだそうだ」

「またリディアが『大口依頼ですわ!』と叫ぶ姿が想像できます」

「ははは、頼もしい妻ではないか」

「頼もしい妻ですよ。だからこそ、早くこの事件を解決して色々と彼女が自由に商売を出来るようにしてやりたい所です」

「そうだな」



そう話し合いながら数刻が過ぎた頃――城は慌ただしく動き始めることになる。










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