第267話 負けられぬ戦い。⑧

――ロットside――



俺は、ナカース国王陛下からノジュ姫殿下に遣わされた影の一人だ。

弟のナノも無論その一人で、ノジュ姫殿下の動向を陛下にお伝えする為に存在する影と言ってもいい。

不穏な動きがあれば箱庭師である俺はナカース王国に帰っては陛下に報告していた。

正直、専属でなかったらあんなクソ女の傍にも居たくないが、何とか無表情の仮面と、甘い時の仮面を使い分け、あのクソ女のそばに居る。

俺ですら嫌悪感で気持ち悪くなるというのに、人の心に敏感なナノはもっとだろう。

あの女に会う前はお互いに安定剤を飲まないと、正直やって居られない。

だが、隣国で一緒に過ごすうえで、嫌でも薬が欲しくなる時も多かった為、互いに身体が弱いから薬を飲んでいる設定にしている。

無論、騎士風のナノの身体の何処が悪いのかと聞かれたことはあるが、上手くごまかせたので大丈夫だった。


あの女、意外と頭が悪いんだ。


今日も意気揚々と語ってくれた内容には目を見開いて驚きそうになったが、ナノのお陰で仮面が剥がれずに済んだ。

ナノは腸が煮えくりかえって、テーブルで隠している手が怒りで震えていた。

『治癒再生倍増』の付与をつけている手袋が無ければ、俺とナノの手は今頃怒りで握りしめすぎてボロボロだろう。


しかも、今日は陛下の暗殺を企てている事や、ダンノージュ侯爵家全員を捕らえて殺す算段までつけていやがった。

ダンノージュ侯爵家がどれほど王家の為に、ナジュ様の為に尽くしているのか知らないにも程がある。

早めに話を切り上げようとしたら、今度はバイリアン伯爵令嬢を殺した時の事を楽しそうに語りだした。

その死に様は……言葉にするのも悍ましい。

よくそんなことが思いつくものだ。

これも、陛下に伝えに行かねばならないだろう。

これだけの罪を背負っても尚、自分が正しいと思っているこの阿保に、何と言えば理解できるのだろうか。

いや、馬鹿は死なねば分からないというが、阿保は死んでも分からないんだ。


そして、まずは王太子領へ行ってくると言ってあの女から離れ、見えない位置に行くと箱庭経由で陛下の前に出ると、青白い顔をしながら俺達からの報告を聞いて項垂れていた。

あの女が帰国してから、陛下の顔色は優れない。

数々の問題行動に悩まされているからだ。

しかも今回は陛下の暗殺と、ダンノージュ侯爵家を全員捕らえて処刑し、姫殿下領にしようと企んでいるのだから心労は凄まじいだろう。

その上、先のバイリアン伯爵令嬢への殺害も自供していた為、最早一刻の猶予も無いだろうと思われる。

かと言って、貴族牢に入れる訳にもいかない。

本当に、ダンノージュ侯爵家の知恵の女神の力を借りて、穏便に修道院に入れるしか道が無いのが悔やまれる。



「それで……お前たちは今から王太子領にいって、話をつけてくるのか?」

「ええ、きっと威圧で殺され祖になるとは思いますが」

「あの阿保って、あ、すみません本音が出ちゃって。でも阿保って言わせてもらいますね。あの阿保って、ダンノージュ侯爵家の運営する道具店サルビアの店主たちが、朝の露メンバーと雪の園メンバーって知らないですかね。知ってて言ってるんだったら希代の阿呆ですよ?」

「きっと阿呆なんだろうな……愚かすぎてワシの手で殺したくなる程に」

「殺してあげたらどうですか? 父親の役目だと思いますが?」

「……お前たちもそう思うか?」

「「はい」」

「王家の影であるお前たちが言うのであれば、最早救いようが一切ないという事だな。生きるだけの価値も、最早無いだろうが……ダンノージュ侯爵家の知恵の女神との対決後、どちらが勝つにせよ、ノジュはこれまでの罪を償う為に……死刑に処そうと思う」

「「やっと決めてくださいましたか」」

「ああ……。これは秘密裡ではあるが、ダンノージュ侯爵家と懇意にしているSランク冒険者になら伝えておいて構わん。だが、ノジュは少し泳がせてから捕まえようと思っている。少しと言っても一日だけの猶予だ。それが父としての最後の別れとなろう。無論、ワシの手で処刑できるようにはするが、もしもに備えて冒険者達に依頼を頼む。」

「「分かりました」」

「それと、ノジュにバレない様に冒険者には依頼を出しておいてくれ。ノジュの言っていた依頼を伝えたうえで、ワシからの依頼を伝えて欲しい。もしノジュが妙な真似を起しては危険だ。そうならないよう心がけるが、ダンノージュ侯爵家をノジュが動くまでの一日、守って欲しいと。そして、いざという時はノジュを斬り殺しても良いと伝えてくれ。罪には問わぬとな」

「「分かりました」」

「事故死で済ませるか、処刑しか最早道のない子だ。どちらの死になるかはノジュ次第だが、それまでは二人はノジュについていてくれ。最後の時がワシの前では無いのなら、お前たちから聞きたいからな」



そう陛下に言われ、俺とナノはその足で王太子領へと飛んだ。

城の前に出ると二手に分かれ、第二店舗に集まるように話を進めようという事になった。

そしてナノは一人第二店舗の方へ向かい、俺は第一店舗――道具店サルビアへと向かった。

店は賑わっていたし、店員もSランク冒険者の朝の露だと分かった。



「すみません、朝の露の方々でしょうか?」

「お? いらっしゃい。今では冒険者よりも道具店サルビアの店主の方が似合う俺こそが朝の露のリーダーのノイルだが?」

「ご依頼を受けて参りました。こちらをご覧ください」



そう言うと、王家が出している札を見せるなり朝の露のリーダーであるノイルと言う男は俺を無表情で威圧を込めて見つめてきた。

だが、一切の隙すら無い……今動けば間違いなく彼に斬り殺されるだろう。



「ご安心下さい。あの女を亡き者にする為の依頼です。威圧を止めてください」

「ほう?」

「もう一人、弟が第二店舗に向かっています。そちらでお話がしたい」

「良いだろう……話は聞いてやる」

「有難うございます」

「俺の威圧で漏らさなかったのはお前が初めてだよ。相当苦労してんな」

「脚は震えてますよ」

「悪かったな。おい! ちょっとこのガキと一緒にレインのとこいってくるわ! 店番頼む!」



そう言うと足が震えて動けない俺をノイルの脇に抱きかかえられると、物凄い速さで第二店舗へと向かった。

流石Sランク冒険者だ……動きが全く違う。

第一店舗から第二店舗まで大人の足で走っても15分は掛かるというのに、1分も掛からなかったように思える。

だがそこには――。



「おいやめろレイン!! 剣をおろせ!!!」

「ナノ!!」

「おや? イルノ……その脇に抱えているのもクソ女のお供かな? 今ここで処そうと思っていた所だよ。君も参加するかい?」

「馬鹿! 取り敢えず剣をおろせ。中で話をするぞ。重要案件だ」

「重要案件? リディアが既に大変な目に遭っているというのに、それ以上の事があるのかい?」

「ああ、そのリディアの為にも話を聞くんだ。俺達にしか出来ない守り方ってもんがあるだろう?」

「……ほう? 良いでしょう。中で伺いましょう。あなた方をどうするのかは、話を聞いてから決めましょうかね。逃げられると思わない事です」



既にへたり込んで動けないナノの首根っこを捕まえると、レインと言う雪の園のリーダーは中へと入っていった。

ナノは動けないまま引きずられて行ったが、俺はナノが動けず殺されそうになるところを生まれて初めて見た……。

俺よりも身体能力も高いナノが、立つことも出来ず殺されるのを待つだけの状態だったなんて……Sランク冒険者っていうのは化け物だと思った。


周囲もタダ事ではないと気付いたのだろう。

他の冒険者は口から泡を吹いて倒れている所を見ると、余程の威圧を受けたに違いない。


奥の椅子のあるスペースに辿り着くと、ナノは何とか放心状態から戻って震えていたが、目の前のレインは笑顔を絶やさず今も尚、威圧を出している。



「レイン、話をまずは聞け」

「分かったよ……じゃあ、この付与アイテムだけは付けさせてもらうよ」

「盗聴防止だったか?」

「ご名答」



そう言うと丸い宝石に『盗聴防止付与』がされているのか、周辺に薄い膜が出来て俺とナノ、そして雪の園のリーダーであるレインと朝の露のリーダーであるノイルとの会話を始める事となった。

――生きて帰れるとは思うが、滲み出る怒りのオーラは消し去れていない。

俺とナノは震える手を握りしめ、ゆっくりと口を開いた。



「まずは……二つの依頼が出ています。ですが依頼で了承を得たいのは陛下の依頼だけです。クソ女の方の依頼は聞くだけお耳汚しですが、どうされますか?」

「そうだね、一応クソ女の方も聞いておこうか? 殺せる時があれば殺してやりたいからね」

「そうだな、だが一発で殺すのはやめろよ? ジワジワ殺さないと勿体ねぇ」

「ははは、全くもってその通りだね!」

「では、クソ女……ノジュ姫殿下の方からお話します」



そう言うと、俺は震える手を何とか握りしめ――ノジュ姫殿下からの依頼を二人に話し始めた。





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本日二回目の更新です。

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