第159話 スラム孤児たちが貰った、無償の愛。
――ロックside――
温泉から出て一休みした後にリディア様とカイル様に連れられてやってきたのは、大きな家の前だった。
入り口も広いし小さな箱が沢山並んだそこは【靴箱】と言うのだと知った。
「さて、この家が、君たちがこれから箱庭で生活する際の家になる」
「「「「は?」」」」
「こんな大きな家をくれるのか?」
「箱庭で生活している間は、此処が君たちの家だ。だが一つ頼みたいことがある」
やっぱりタダでは貸してくれないよな。
一体どれだけの要求がくるのか身構えていると、カイル様はこんなことを言い出した。
「今日、君たちの案内が終わった後、王太子に頼んで箱庭師を一人雇う予定なんだ。それに合わせて子供達を朝から夜まで、夜から朝まで見て貰う為の人員も雇う。何故かと言うと、リディアが箱庭師の箱庭で、託児所を作りたいと言うんだ。
託児所は王太子領とダンノージュ侯爵領二つを繋げて子供達を預かるが、もしかりに、親が子供を迎えに来なくなった場合、リディアの案で子供を箱庭で育てる事にした」
「そうすれば、スラムに捨てられることも、孤児院に預けられる事もなく、前もって箱庭の子供として育てることが出来るの」
「つまりリディア様は……俺達みたいな子供を減らすために?」
「ええ、箱庭で育てることになった際には、皆と一緒に生活して欲しいの。お願いできるかしら?」
「それは……」
「まぁ、今までもそうしてきたしな」
「問題ないぜ」
「良かったわ! では、もしそんな事になった場合は、皆さんに頼ってしまう事になるけれど、出来るだけ手助けもするし大人の方に話もして頂戴ね。なんでも自分たちでやろうとしなくても大丈夫よ」
そう言って、たった一つのそのお願いをしてきた二人に、俺達は反対に困惑した。
別にガキの一人や二人増えた所で、この大きな家ならば問題は無い。
靴を靴箱に入れて中に入ると、外の風も気持ちよく入る天井の高い部屋が三部屋用意されていた。
一つは寝るところ、一つは遊ぶところ、無論外に出て遊んでも全く問題ないらしい。そしてもう一つが、赤ん坊が過ごす部屋らしい。
寝る場所には人数分のベッドが置いてあって、シーツだって凄い気持ちが良くて驚いた。
人数分以上ある収納場所には、女の子用と男の子用と分けられているようで、開けると着替えが沢山入っていた。
軒下には大きな洗濯物でもかけるような棒が幾つもあって、そこは温泉に入った後、バスタオルをかける場所だと教えてくれた。
赤ん坊の部屋には大人も寝泊まりできるように床に敷くタイプの布団がおいてあって、赤ん坊が外に落ちないようにも工夫されていたし、小さな庭まで備え付けられていた。
「そうそう、赤ちゃん用のオムツだけれど、今までは布おむつを使っていたでしょう? これからは、こっちの使い捨てのオムツをつけてあげてね」
「使い捨て?」
「そうよ? 使ったオムツはこのピンクの袋に入れてゴミ箱に入れてくれればいいわ。御尻拭きも使い捨てだけど用意してあるの。お尻が綺麗になったら赤ちゃんだって寝やすいでしょう?」
「まぁ、そうだけど」
「リディア様、一度ベッドで寝てみても良い?」
「私も寝てみたい!」
「ええ、好きにして良いわよ」
そう言うと数人の幼い子供達や女たちはベッドに寝転がって、寝心地を確認しているようだ。何度も「最高」と口にしていたところを見ると、気に入ったらしい。
時計を読めない俺達の為に、時計と時計の絵、それに時計の絵には食事の時間ならパン。おやつの時間なら違う絵が書かれてあって分かりやすいし、後は気楽に覚えて行けばいいのだと教えてくれた。
――広い一軒家。
人数分のベッドに、俺達の為の真新しい着替え。
真新しいタオルも沢山あって、トイレだって10個もついた大きい家を、カイル様とリディア様は俺達の為に用意してくれた。
――スラム孤児に此処までしてくれる奴なんて、一人もいなかった。
俺達みたいなスラム孤児は、ゴミのように扱われて、時折よっぱらった奴に殴られてストレス発散に使われるのがオチだった。
それを、まるっと守ってくれるように……今まで刺々しかった心が、穏やかになってくる。
「……あの」
「ん? どうした?」
「俺達に出来ることは、何でも言って下さい。此処までして貰えるのに何も返さねぇのは、主義に反します」
「……そうか。だがこれは一つの命令だ。一週間ゆっくりと休むようにな」
「う」
「それと、一つだけ言う事を聞いてくれるなら、赤ちゃんを除く1歳から20歳までの皆は私の所に集まって、とあるアイテムを使って欲しいの」
リディア様の言葉に1歳から20歳までの俺達が集まると、1歳から聞き分けの悪い3歳までは、俺達も手伝ってリディア様が取り出した初めて見るポーションを腕や手にかけると、ふわりと光が舞っては消えていった。
何かの傷でも治しているのかと思ったが、年齢が上がるうちにその効果がどんなものなのか分かってきたようだ。
『心が軽い』
『今まで辛かったのが楽になった』
そう言って驚く奴らに、まさかそんな奇跡的なポーションがあってたまるかと思いつつも、俺の番になって使ってみると、沢山の光が俺から溢れては消えていった。
その光はなんだったのかは分からない。
分からないけれど――心がとても軽くなった気がする。
「リディア様、それは?」
「これは特製ポーションで、雪の園のメンバーや朝の露メンバーが使った凄いポーションなのよ」
「聞いたことある、スゲェ冒険者だって」
「ふふふ。彼らも使って楽になったんですって。でも1回しか使えないからこれが最初で最後ね」
とても貴重なポーションなんだろう。
身体は温泉で楽になって、心はポーションで軽くなって……今まで恨み憎しみだけで動いていた心が楽になった。
楽になると、視野が広くなってくる。
何時も凝り固まった考えでいたのに、安心感があるからか、ゆっくり物事を考える事ができるようになったみたいだ。
「あの! 俺達がすべきことはなんですか! 一週間休んだ後、スキルを見る事までは分かってます! 勉強をしなくちゃならねぇことも!」
「でも、俺達出来れば箱庭の為に何かしたいって思うんです!」
「外で働くことが出来るようになっても、箱庭が故郷だって言えるようになりたい!」
俺達の声は大きくなる。
小さいガキどもはキョトンとしてやがったが、リディア様とカイル様はお互いに見つめ合うと、小さく頷いて俺達に目を向けてくれた。
「そうね、箱庭が自分たちの実家だって思って貰えるなら、それはとても名誉な事だわ!」
「だったら、シッカリ飯食って、シッカリ大きくなって、勉強して、スキル磨いて、素敵な大人になれよ!」
「たったそれだけでいいんですか?」
「あら、わたくし達が願うのは唯一つ。子供達が健康にスクスク育ち、笑顔で生活してくれることですもの!」
――聖母だ。
――神の御使いだけじゃない、リディア様は聖母だ!!
「あの、箱庭には神様がいるって聞きました! 箱庭の神様を祭る物はあるんですか?」
「そう言えば、ハッキリとしたものは無いわね。じゃあ、今度皆で作りましょうか!」
「そうだな、でも作るのは一週間後! 俺達の仕事休みに一緒に作ろう」
俺達が箱庭の神様の為に何かを作れると聞いたときは、皆声を上げて喜んだ。
俺達に出来ることは限られているけれど、お供えだって出来ないけれど、ありがとうってお祈りするくらいは出来るもんな!!
「じゃあ皆はそれぞれ好きに過ごしていいけれど、箱庭の皆と仲良くしてね」
「喧嘩もしていいけれど、暴力はダメだぞ?」
「「「「はい!」」」」
「じゃあ、わたくしたちは次の仕事があるから行ってくるわね。託児所を早く作らないと」
「ああ、そうだな。じゃあ後は皆に任せる、リーダーの話はよく聞くように! 解散!」
そう言うと子供達は各々ベッドに寝転がったり、外へと遊びに出かけたようだ。
残った大人の俺達は、その場に座り込んで外を見つめている。
「なぁロック。俺達死んでないよな」
「ああ、俺も何度か思ったけど生きてるぞ」
「そっか……」
「アタシ、何度か死んでるのかなって思ってた」
「温泉っていうのに入った時もびっくりしたけど」
「この家をタダでくれるってんだから凄いよ……こんな綺麗で出来立てで広くて……夢じゃないよな? 誰か俺の頭叩いてくんない?」
「よせよ馬鹿。夢じゃねーよ……」
そう、夢じゃない。
分かっているその事だけが、今までの人生がどうだったとか、そんなのどうでもよくなるほど……満ち足りた気持ちになっている。
不幸ばかりだったかもしれない。
実際不幸の連続だったと思う。
死んでいった仲間も多い。
でも、これからはそんなことは無くなるんだって思ったら……皆で涙を流しながらやっと笑い合えることが出来た。
無償の愛を貰った。
それだけで、俺達は箱庭を実家だと思って生きていく事が出来る。
リディア様が母ちゃんで、カイル様が父ちゃんで……そう思ったら、最高だなって思ったんだ。
「あ―――……牢屋だとか殺されるとか思ってたのに、反対だったな!」
「ああ、反対だったな」
「これからは嫌でも生かされるだろうね」
「美味しいご飯もいっぱい食べてさ!」
「何か、恩返しできればいいな」
「うん、何時か恩返ししよう」
「その為にも勉強しなくちゃな」
「スキルも見て貰って仕事出来るようにしなくちゃね」
――後に、俺達スラム孤児たちは【ダンノージュ侯爵家の最強部隊】と呼ばれるようになるのは、もう少し後の事になる……。
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本日二回目の更新です。
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