第158話 スラム孤児たちは受け入れられる。

――???改め、ロックside――



そう言うとカイルは隣に立っていたリディアに頷き、リディアもカイルを見て微笑んでから俺達に向き合った。



「箱庭師のリディアです。皆さんには明日、箱庭の案内をしますが、今日は温泉に入って汚れを落としたり、あなた達の家を見学したり、後はこの居住エリアと呼ばれる場所ならば、何処に行っても構いませんよ。居住エリアには、住む場所、働く場所、温泉に皆さんの休憩場所と食事場所があります。カイルの説明には無かったけれど、喉が渇いたら休憩所か台所にいる女性達に聞いてね? 喉が渇いたらいつでも飲みたいものを飲んで貰って構わないわ。でも、ジュースと呼ばれる物は、オヤツ時間限定の美味しい~飲み物なので我慢してね!」

「はい」

「はい! リーダーくん!」

「う……。ジュースをオヤツ時間にしか飲んではいけないのは分かった。ミルクは好きな時に飲んでも大丈夫……なんですか?」

「砕けた話し方で結構ですわよ? そうね、ミルクも牧場から結構買い取らせて頂いてますから、お腹を壊さない程度に飲むのは大丈夫ですわ! あなた方を受け入れる事を決めてから、わたくし朝一番にナカース王国の王様にあって、牧場二つほど増やしてもらいましたし」

「リディア、朝いないと思ったらお前はなんてことを」

「あら、王様は笑顔で『いいよー』って言って下さましたわ。近いうちに孤児院や子供達の為の牧場が増えますわね!」

「孤児院……」

「ええ、孤児院へのお金の寄付だけではなく、毎朝孤児院に野菜やお肉、お洋服や寒さをしのぐ毛布等を寄付する事も決まりましたの。今日もお昼になったら一日三食、働くシスターも子供たちもお腹いっぱい食べられるだけの量の食材やミルクも寄付しに行きますわよ」



――こんな大人……今まで見たことあったか?

呆然とする俺は近くにいた年の近い奴らと顔を見合わせると、そいつらも呆然とした様子で俺と目を合わせ、何度も首を振っていた。

信じられなかったんだ。

今まで見てきた大人はみんな、孤児の事も、孤児院にいる子供の事も、誰一人気に掛ける奴なんて居なかった……。



「どうかしたかしら?」

「いえ……広い畑があるのかなって」

「ふふふ、その辺りは明日、箱庭案内を致しますわね。それと、此処に住む皆さんは良く言いますのよ? この箱庭には神様が住んでいらっしゃるんですって」

「「「「かみさま」」」」

「あなた方が幸せになれることを、きっと祈っていらっしゃいますわ」



神様なんて信じたことも無い。

恨んだことは何度もあっても、俺達を見守ってくれる神様何ていないと思っていた。

でも、何時も泣き喚いて静かになった事のない赤ん坊が静かなのは……神様がいるからなのか?



「次に働くことに関して、ですけれど、お勉強は決まった時間に毎日やっていますわ。そのお勉強が終わってから、箱庭に住む子供達は仕事をしていますの。その仕事と言うのも、強制はしていませんわ。ただし、あなた方も、自分にあった仕事をしたいと思いませんこと?」

「そりゃ、出来るなら自分にあった仕事がしたいよな?」

「でも、そんなの出来る筈ねぇよ」

「俺達が出来るのは溝攫いくらいだよな?」

「と、仰ると思いまして。当箱庭では、保護した方々にはスキルボードを使って、ご自身が生まれながらに持っているスキルを見ることが出来ますの。それ次第で、自分の進むべき道、自分のなれる職業と言うのは見えてきますわ」

「そんな魔法みたいなアイテムあるのか……」

「箱庭スゲェ」

「皆さんがある程度落ち着いてから、スキルボードで皆さんのスキルをチェックしたいと思っています。まずは一週間ほど、箱庭で自由に過ごしてくださいませ。そして箱庭では特に大事にしている事があります。それは、『報告、連絡、相談』ですわ。これだけは絶対に守ってくださいませね?」

「「「「はい」」」」

「では、皆さん温泉に入りに行きましょう。温泉に案内してくださるお爺様お婆様、宜しくお願いしますわね。温泉に入り終わったら、休憩所までお越しくださいませ。飲み物を用意してお待ちしておりますわ」

「あいよ、さ、子供達。ワシ等に着いてきなさい」

「アタシたちも行こうかね。女の子はアタシたちに付いて来ておいで。温泉の入り方を教えてあげるからね」

「シッカリ汚れを落として、サッパリしてらっしゃいませ~!」



そう言ってリディア様は俺達に手を振って見送ってくれた。

てか、これ、夢じゃないよな?

俺達、本当にこんなに尽くして貰って良いのか?

いや、尽くすっていうか……大事にして貰って良いのか?



「おう、坊主」

「はい!」

「アンタがこの子らのリーダーじゃろ、名前は?」

「……ロック」

「おし、ロック。お前さんがこれまで通り孤児たちのリーダーであることは間違いねぇ。だからこそじゃ。困ったことがあったら、誰でも良い、大人に言え」

「……爺さん」

「この箱庭の生活に直ぐ慣れろとは誰も言わん。じゃが、努力はしろ。心にモヤモヤがあるなら大人に言ってスッキリしちまえ。分かったな」

「――おう、分った!」

「それでこそリーダーじゃ!」



そう言って、汚れまみれの頭をゴシゴシ撫でられて、俺は涙が出そうになった。

ここにいる大人たちは、誰一人俺達を「汚い」って言わなかった。

誰一人、みすぼらしいとも、汚いとも、臭いとも言わず、ただ寄り添ってくれた。

温かいご飯が、俺達にとってどれだけの御馳走か、きっと孤児にしか分からない事だ。

それを笑顔で出してくれる箱庭の人たちは、皆優しかった。



「へへへ」

「なんじゃ?」

「ここの箱庭の神様に、感謝しなくちゃな……って」

「おう、感謝しとけしとけ! ありがてぇ、ありがてぇってな!」

「おう!」



あんな天使の御使いみたいな綺麗なリディア様がいるんだ。

神様だっているに違いない。

シッカリ、心の中で感謝しよう。

沢山沢山感謝しよう!

俺達は孤児だけど、箱庭の家族なんだ!

血は繋がってないけど、俺達の爺ちゃん婆ちゃん、母さん達なんだ!


そう思ったら涙が止まんなくて、でも温泉に直ぐついたから服を脱ぎ捨てて爺様達と一緒に温泉の入り方を泣きながら聞いた。

何度も何度もゴシゴシ洗って、汚れを何度も温かいお湯が流れる滝で流しては洗って、何度も繰り返した。

綺麗になったら、皆で初めて温泉の中に入った。

程よく温かくて、小さい子供達は爺様たちが抱っこして入ってくれた。



「どうじゃ、気持ちええじゃろ!」

「最高っす……」

「しゅげぇーきもちいれす」

「この箱庭の名物じゃ」

「疲れが吹き飛ぶわい」

「使ってない時は鍵が掛かっとるからな。目を離したすきに、小さい子供が入らない様にって、カイル様がしてくれたんじゃ」

「……カイル様って、なんか貴族っぽくねーな」

「ああ見えて、Bランク冒険者だそうじゃ」

「元々は庶民生活だったらしいぞ」

「へー……だから貴族らしくないのか。でもリディア様は?」

「リディア様は公爵令嬢だったらしいが、家を追放されて平民に落とされたらしい」

「「「「は?」」」」」



ここで、初めて大人部隊である俺と仲間たちの声が重なった。



「箱庭師ってだけで、追放されたんだとさ」

「信じらんねぇ。マジかよ」

「こんなスゲェ箱庭持ってんのに?」

「お前さん達は知らんじゃろうが、前の王国の時は、箱庭師ってだけで充分罪だったんじゃよ。それが公爵令嬢じゃろう? 追い出されても文句はいえんなぁ」

「「「「納得できねぇ」」」」

「はっはっは!」

「じゃが、リディア様は文句ひとつ言わんで、毎日働いておるよ? そりゃー生き生きとな」

「やりたいことが多すぎるって言うのが悩みらしいからなぁ」

「あれは親に捨てられたことなんぞ、何とも思っとらんのだろうな」

「ああ、何とも思っとらんな」

「リディア様は、強いんだな……」



俺はもう顔も覚えてない親に捨てられた時、スゲーショックだったのに。

同じように親に捨てられたリディア様は、ショックも受けなかったのか? 本当に?



「それより、リディア様とカイル様は正義感が強い人でな」

「夫の暴力に耐えかねた女性や子持ちの女性を保護したり」

「ワシみたいに、姥捨て山に捨てられた老人を助けてくれたりな」

「慈愛に満ちたかたじゃよ」

「お前さん達も、それを知る日がくるじゃろうなぁ」



そこまで話すと、10秒数えてから温泉を出た。

温泉を出て脱衣所に入ると、そこには沢山の真新しい着替えが用意されていた。

一人一人サイズもバッチリで驚いたが、着替えを済ませると、初めての新品の服に感動した。



「さて、風呂上りの一杯を飲みにいくべ」

「「「「風呂上がりの一杯?」」」」

「さっきリディア様が言うてたで? 風呂あがったら休憩所に来いって」

「風呂あがったら水分補給じゃ。大事だから覚えて置け」

「「「「うっす」」」」



初めて入った温泉は、体中の痛みが取れる程気持ちが良かった。

こんなに清々しい気分は久しぶりだ。

休憩所で風呂上がりの一杯って言うのが気になるが、どんな感じなんだろうかと思っていると、女性陣とも途中から合流で来た。

みんな真新しい服を着ている。

聞こえる音は穏やかで、爺様婆様達の笑い声や先に保護されていた子供たちの笑い声が響いている。

やっぱりここは天国なんじゃねーのか?

俺達、門を潜る時、死んだんじゃねーのか?

そう思わずには居られなかったが、休憩所に着くと、紅茶とミルク好きな方を選んで飲んでいいって言われた。

俺達にとって高級品はミルクだったから、全員がミルクを頼むと、笑顔の女性達がコップに新鮮なミルクを注いでくれた。

――本当にミルクが出てくる場所なんだと思って感動して、ミルクを一気飲みすると、「もう一杯いる?」って言われて、おかわりを初めて貰った。



何もかもが新鮮で新しい。

人生にこんなことがあるのかってくらい驚いている。

でも、その驚きはまだ序の口だったのだと、この後知る事になる――。





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