第269話 負けられぬ戦い。⑩
――カイルside――
パーティーまで残り二日と言う所で……『ラストエリクサー』は完成した。
ゲッソリと痩せたリディアの肌は青白く、完成を見届けてから意識を失い、俺が慌てて駆け寄って抱き留めた。
深い眠りに入った様で、今日は一日グッスリと眠らせようと思い、完成したばかりの『ラストエリクサー』をリディアのアイテムボックスに大事にしまい、彼女を久しぶりの部屋のベッドで眠らせた。
微かに息が浅いような気がして薬師のドミノを呼ぶと、疲労回復効果の高い薬を作ってくれていた様で、それをリディアに少しずつ飲ませた。
呼吸は少し楽になったように思えたし、ドミノの診察では『極度の緊張と疲労』と言う事で、一日眠らせればかなり回復してくれるだろうという事だった。
安心すると俺も徹夜が続いたため眠気が襲ってくる……。
リディアと共に眠りについたのは久しぶりだった。
それと同時に、リディアにどんな『副作用』が出ているのかも気になった。
出来上がった途端光を放ち、安定したところでリディアは倒れてしまったからだ。
不安の中眠りにつき、気が付けば昼を回っていた。
明日はパーティーだ。
リディアは起きているだろうかとみると、ゆっくりと瞼が開いた。
「大丈夫かリディア、俺が分かるか?」
「カイル……? 嫌だわ、わたくし……なんてこと……」
「リディア?」
「左目が全く見えないの……後遺症ね」
左目を抑えて起き上がったリディアに、俺はやはり出てしまった『後遺症』に胸が軋んだ。
だが――。
「本来であれば両目の視力が失われるはずだったけれど……流石箱庭の神様ね。守ってくれたんだわ……」
「でも左目は……」
「代償は大きいものよ。両目を持っていかれなくて良かったと思いましょう?」
「リディア……」
「それに、眼帯をつけておけば問題ないわ? カッコイイ眼帯を作って貰わないとね」
そう言って軋む身体を何とか動かして立ち上がったリディアを強く抱きしめると、リディアは随分と細くなってしまった体で、俺を抱きしめ返してくれた。
体重も随分と落ちたように思える……。
「少しでも胃に食べ物を入れて、また前の体型に戻らないとな」
「ふふふ、そうね。究極的な不健康なダイエットだったわ」
「アイテムはリディアのアイテムボックスに入れてある。確認するか?」
「ええ」
そう言うと、俺はリディアのアイテムボックスを持ってくると、鞄から瓶に入った『ラストエリクサー』を取り出し、落とさない様にリディアを座らせてから手渡した。
どうやら完全な薬が完成していたようで、リディアもホッと安堵の息を吐いたが、その為の代償はやはり大きいとしか言いようがない。
薬を受け取り、アイテムボックスに仕舞うと、リディアを抱き上げて休憩所で待機しているみんなの元へと向かった。
皆は薬が完成した事と、リディアの痩せ細った身体を心配したが、何より副作用で左目の視力を失ったことに顔を歪め、中には声を殺して泣いている者も多くいた……。
だが、リディアはそんな彼らの憂いを吹き飛ばすような笑顔で――こう言ったんだ。
「さて! とってもと―――ってもお腹がすきましわ! それにわたくしに素晴らしい眼帯を作ってくださる方はいらっしゃらないかしら?」
「ご飯ですね! 胃に優しいものを直ぐご用意いたします!」
「リディアちゃんの眼帯ならアタシたち美女三人にお任せよ!」
「ドレスも絞らないといけないわね! 後で顔を出してくれる? 作業小屋に居るわ!」
「美容部員~! リディアちゃんを美しくするために集まっておいてー!」
と、何時もの面々が動き始めた。
憂いを飛ばすように動き出した彼女たちと、リディアの笑顔が……『いつも通りの箱庭』の様で、この当たり前の日常を守る為にリディアは頑張ったのだと思うと、彼女の強さを改めて感じることが出来た。
自身の身体を、大事にして欲しいと思う気持ちは誰よりも強くある。
寧ろ、誰よりも自分の事を優先して欲しかったという気持ちも……。
だが、その気持ちはきっとリディアに伝えても、聞いては貰えなかったのは明白で。
きっと、最後の最後まで戦おうとしただろう。
今回のように……。
悔しさで泣く者。
泣きながらも、リディアの頑張りを褒めたたえる者。
怒りで伏している者……。
ここにいる皆が、リディアの事を心の底から大事だと思ってくれていることは、とても尊いものだと――。
「あら、カイル? わたくし左目が見えませんから、これからは貴方がわたくしの左目になってくださいませね?」
「ああ……左目にも足にもなるよ」
「ふふふ。とっても心強いわ」
「だが、リディアは今後は絶対に無理をしない事を約束してくれ。俺達を守ろうとしてくれたことも、国を何とかしようとした事も分かっている。でも、俺達だって戦える。一緒に戦わせてくれ。もう守られるだけで、お前が傷つくような姿は二度と見たくないんだ」
「そうだよリディアちゃん。アタシたちだって戦える」
「今度は、私たちが一丸となって、リディア姉さんを守る番です」
「今まで通り、箱庭に引き籠って、悠々自適に好きなものを作って、好きな商売を考えてくれればいい。多少なりとも周りを慌てさせるくらいが、リディアらしいんだぞ?」
「まぁ……。では、明日のパーティーが終わったら、わたくし、引き籠り生活をして宜しいのかしら?」
「ああ、誰も咎めないさ」
「静かに暮らしても宜しくて?」
「元気よく静かにな」
「ふふふ、では、明日のパーティーが終わったら、わたくしは何時もの引き籠り生活に戻りますわ。悠々自適に好きなものを作って、弟子たちに色々な事を教えて、まだまだやるべきことは沢山ありますもの!」
「そうだな……それでこそリディアだ」
「カイル兄が忙しい間は、弟子の誰かがリディア様の左目になるわ!」
「僕は手を握ります!」
「手厚いサポートを期待していてくださいませね?」
「あらあら、それはとっても心強いわ!」
そう語っていると薬師たちが現れ、ラキュアスを始めとする彼らは、リディアの前に来ると一礼してから語りだした。
「今後、暫くは身体のどこに不調が出るかは分かりません。ですので、箱庭にいる薬師は万全の態勢でリディア様の身体をサポートしていきます。不調などが少しでもありましたら遠慮なく教えてくださいね?」
「ありがとう、ラキュアス……あなた方にもとても心配を掛けてしまったわ」
「イザという時に対応出来るように、常々動いているのが薬師ですから」
「大事な仕事だと胸に刻んで、リディア様のお身体をサポートしますよ」
「優先順位は一番ってところかな」
「あの、私たちは見習いですが、リディア様のお役に立ちますから!」
「私もです!」
「皆さん……本当に有難う。何かあれば直ぐに連絡するわ」
「「「「「はい!」」」」」
「さぁさぁ、まずは特性の卵粥でも食べてくださいませ。作り立てですから美味しいですよ」
「まぁ! とてもお腹が空いていたから助かりますわ!」
「カイル様も」
「助かる。ありがとう」
こうして、リディアと共に久々に食べた温かな食事は――とても美味かった。
こんな、当たり前の温かいご飯も、あのノジュ姫殿下の所為で。
そう思うと腸が煮えくり返って怒りが溢れそうになったが、隣で美味しそうに食べているリディアを見ると、その怒りも少しは収まる。
「んじゃ、明日の為に必要な道具はアタシがリディアちゃんのアイテムボックスに入れてくるよ。エリクサーに破損部位修復ポーションに禿げ治療薬ね」
「ありがとうロキシーお姉ちゃん」
「シッカリ食って体力を少しでも戻しとかないと、明日の戦いに勝てるものも勝てないからね!」
「ええ!」
「残りの疲労は温泉で取ってしまいましょう。今日は兄さんと二人で温泉に入ると良いですよ! ねぇ兄さん!」
「そうだな、二人でゆっくり入ろう」
「まぁ……っ! そうしてくれると助かるわ。ありがとう!」
――こうして、余り食事がはいらなかったリディアを連れて疲労回復効果の高い温泉に入り、しっかりと身体のコリをほぐしてやると、リディアはホッと安堵の息を吐き、甲斐甲斐しく世話をすると、リディアは嬉しそうに微笑んでいた。
「明日はパーティーだな」
「ええ、ドレスのサイズが変わっているからサイズを合わせて貰いに行ってくるわ」
「俺も行くよ。左目が不自由だと苦労するだろう?」
「ありがとうカイル」
その後、俺達は裁縫小屋に向かい、リディアの服の手直しを終わらせ、その頃には多種多様の眼帯が出来上がっており、リディアは可愛いレースにあしらわれた眼帯をつけてから、俺の手を取り皆に礼を言って歩き始めた。
両目の視力を失わずに済んだとリディアは言っていたが、それでも俺達の為に目を失うという事になってしまったのだから、今後こんなことが無いように徹底しなくては。
また、禿薬を使用した子は、見事にフサフサになっていた。
治験としてはいい結果だろう。
スケッチブックも貰い、効果が出ることも薬師からの日々の診断でもわかっているようで、薬師の診断書すら貰えたのだ。
その後、美容班によってリディアは綺麗に磨かれ、疲れ果てたリディアを抱っこして部屋に戻り、ゆっくりと休ませた次の日。
――運命の戦いが始まる。
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本日も一日三回更新です。
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