第270話 負けられぬ戦い。⑪
――ナカース王side――
最初、ダンノージュ侯爵家のリディアとカイルを見た時は、息を呑んだ。
痩せ細った身体に左目の眼帯。
カイルも随分と痩せたように思える。
それでも、支え合う様に前に出てきた時、ワシは自分のしでかした過ちを再度認識した。
己の弱さゆえに、実の娘がどれだけ国民や貴族、そして、王国の為に尽くしているリディアとダンノージュ侯爵家を裏切ったのか――。
ダンノージュ侯爵家の怒りは凄まじいものだろう。
既にノジュの計画もダンノージュ侯爵家には伝えてある。
アラーシュからはナカース王国から出る事も進言されたほどに、彼らは怒っているのだ。
今彼らに出て行かれたら、王太子領の建築も、その他の全てが水の泡になってしまう。
やはり自分は早く王位から退いた方が良さそうだ……そう確信した。
「あらやだ、見すぼらしい。そんな姿で城に来るなんて」
「黙れノジュ」
「まあ!」
「この度はダンノージュ侯爵家には多大なる迷惑をかけた。この場で深くお詫びしよう。後で話し合いが必要ならば、出来うる限りの事はするつもりだ。ではリディアには立っているだけでも辛いだろうから早めに終わらせよう。神官長」
「では、私が今回提出されるアイテムを鑑定し、本当に効果があるか、また、危険なものではないかも判断します。両者、アイテムを前に」
そう言うと、ドルマン伯爵は恭しく二つのアイテムを並べた。
両方小瓶の様だが、中身はまだ分からない。
そして、リディアの方は左目が不自由なリディアに代わり、4つのアイテムを並べた。
一つは見覚えのある薬だった。
この薬を出した時点で、ダンノージュ侯爵家の勝ちは見えているのだが、神官長はまずダンノージュ侯爵家から提出された薬を鑑定し始めた。
すると――。
「これはっ!!! 本当に作ったのですか!?」
「ええ、でなければ誰が作ると仰るのです?」
「それはそうですが……なるほど、それで左目が……」
「どうしたのだ? 一体何をリディアは作ったのだ?」
「恐れながら、今回作ったアイテムを発表します。ダンノージュ侯爵家から提出された薬は、『エリクサー』こちらはシッカリと結果が出るでしょう。素晴らしいものです。ですが他の物も素晴らしい!! これは大革命ですぞ!!」
「勿体ぶらずに言いなさいよ!!」
「黙れノジュ」
「では発表させて頂きます。まず一つ目が『エリクサー』、次に『破損部位修復ポーション』伝説の薬ですぞ!! 実に素晴らしい……。次に『禿げ治療薬』これは世の男性が喉から手が出る程欲しいでしょうな! 効果もシッカリとでるようですぞ!! 最後が特に素晴らしい!!! 『ラストエリクサー』です! 国宝ですぞ!!」
「な!!」
「なんですって!?」
会場はざわめき、それは次第に大きな歓声となっていった。
それもそうだろう。
『禿げ治療薬』なんてものは、世の男性や男性貴族からすれば喉から手が出るほど欲しい薬で、しかも効果があると神官長が言うのだから、欲しがる男性は山ほどいる。
更に『破損部位修復ポーション』は、ノジュの所為で怪我をした娘達にとっては救いとなるだろう。王家に受け取った時は真っ先に彼女たちに使いたい。
『エリクサー』は一般的な薬師が作るアイテムの中ではとても難しいモノだと言われている。それも作ってくれるとは恐れ入る。
何と言っても――『ラストエリクサー』だ。
国宝となる薬を作ってきたリディアに、最早呆れを通り越して誰もが崇拝したくなるだろう。
賢者の石を作る際に必要になるアイテムの一つで、作るのがとても難しいとされているのだから。
「実に素晴らしい!! ダンノージュ侯爵家から提出された薬は、どれも一級品だ!」
「「有難うございます」」
「では次に、これ以上の物を作れるとは到底思えませんが……ドルマン伯爵家より提出された薬を鑑定しましょう」
そう言ったその瞬間―――。
「いやいやいやいや! ダンノージュ侯爵家から提出された薬と比べたら、我がドルマン伯爵家の薬など」
「何を言いますの!? 神官長、直ぐに鑑定して頂戴」
「しかしノジュ様!」
「煩いわね! 私が勝つために作ってきたんでしょう!?」
「それは……」
「つべこべ言うなら首を刎ねるわ!」
「ぐ……」
「では神官長、煩い輩もいるようだから一応鑑定してやってくれ」
「そうですな、畏まりました」
そう言うと、神官長はドルマン伯爵家が提出した薬の内、一つを鑑定した。
「これは粗悪なエリクサーですな……とても使い物にはなりませんぞ」
「なんですって!? どういう事なのドルマン伯爵!」
「いや……その……」
「最低ランク以下のエリクサーですな、謂わば、失敗作で御座います」
「――!!」
「では次にこちらですが……!?」
「どうした?」
「………ドルマン伯爵、どういうおつもりでコレを作ったのでしょうか?」
「う……それは……姫殿下からの依頼で……」
「姫殿下、薬を依頼したのは事実ですかな?」
「ええ、素晴らしい薬を依頼したわ!」
「そうですか……兵よ! ドルマン伯爵を捕らえよ!!」
怒りの形相で叫んだ神官長に、驚いた兵士たちは急ぎ逃げようとしたドルマン伯爵を捕らえた。
無論、意味が分かっていないノジュは慌てるばかりで話にならない。
「一体何を作ったというのですの!?」
「お黙り為さい」
「何ですって!?」
「黙れと言っているのです。この様な呪いのアイテムを作らせるなど……貴方には王族としての立場を分かっていらっしゃらない様子だ」
「は?」
「陛下、これは王国を揺るがす謀反です。反逆罪です。直ぐに罰するように」
「分かった。だが一体何を作ったのだ?」
「ドルマン伯爵がノジュ姫殿下の依頼で作ったこちらは――禁忌とされている薬です。飲む者の心を移す薬で、飲んだ者は身体が黒く焼けただれ、身体が崩れ落ちて死ぬ薬です。よくもまぁ、この様な薬をノジュ姫殿下に依頼されたとはいえ、作った物ですな!!」
「わ……私の所為ではないわ!!」
「結果は同じですよ。王家である者が呪いのアイテムを作らせるなど言語道断です! 教会は今後、ナジュ王太子殿下を支持します。また、国王陛下におかれましては、ご自身の娘が、王家の者が呪いのアイテムを依頼したという罪をシッカリと認識し、姫殿下にはしかるべき処罰をお願いします」
「うむ、分かった」
「お父様!?」
「黙れ!! この王家の恥さらしが!! こ奴も貴族牢にぶち込んでおけ!」
そうワシが発言すると、兵士はノジュを掴み、喚き散らす娘を引きずりながら牢へと連れてった。無論ドルマン伯爵もだ。
静かになった所で、ワシはダンノージュ侯爵家全員の顔を見て、立ち上がり深々と頭を下げた。
これには貴族達も驚いたようだが、頭を下げたくらいではダンノージュ侯爵家は許しもしないだろう。
「申し訳なかった……馬鹿な娘の為に、王家の為に、そして国に多大な貢献をしているダンノージュ侯爵家に対し、許される事ではなかった」
「……顔をお上げください、陛下」
「私たちは許す気はありませんよ。あの娘が生きている間はね」
「――そうか」
「何時でも、アレが生きているのであれば、ダンノージュ侯爵家はナカース王国を見限る腹積もりはしているという事をお忘れなく」
「……本当にすまなかった。アレにはおって沙汰を出す」
「陛下」
「リディア、貴女にも多大な迷惑を、」
「陛下、こちらをお納めくださいませ」
そう言ってカイルから差し出されたのは、『破損部位修復ポーション』が30本もあった。
「多数の貴族の娘や、メイド達がノジュ姫殿下の暴力により跡の残る傷を負ったという話を聞いております。無論自害した娘がいることも」
カイルの言葉に貴族達は騒めき、ワシは己の罪を改めて認識した。
「その為に、こちらのアイテムを使って頂きたいのです。せめて火傷の酷い娘や、髪をバラバラに切られた娘、顔に傷を負った娘たちに使って差し上げてください」
「心より……感謝するっ!」
娘の失態は最早貴族全員の知る事になった。
最早言い逃れもせず、罪を償わせよう。
そして、傷を負った娘達へ最大限の治療と心からの謝罪をしよう。
溢れそうになる涙を堪え、真っ直ぐ前を向くと――。
「この度の勝者は、比べるまでもなくダンノージュ侯爵家に決定した! また、ノジュには厳しい沙汰を出す! 王家より籍を除外し、今後貴族籍を与えることもない! また、何処で悪行を重ねるかもわからない為、今後オリタリウス監獄に一生幽閉する事にする!」
それは――実質、王族でもなくなり貴族でもなく平民にまで落とすという事だ。
オリタリウス監獄にて一生過ごすことは、娘からすれば地獄だろうが、地獄こそが似合いの娘なのだと理解した。
また、オリタリウス監獄は最も罪の重い者が入る監獄で、一度入れば二度と外へ出ることは許されず、また最も北にあり、岩場に作られた監獄での生活は、一年持てばいいとさえ言われているほどだ。
実質――死刑と変わらない。
これには貴族達も息を呑んだようではあったが、ダンノージュ侯爵家はやっと頷き、認めてくれたようだ。
そして神官長もいるという事で、皆にはパーティーを楽しんでもらっている間に、ノジュを王家の籍から除外し、貴族籍も外したところで、兵士に「罪人ノジュを平民用の地下牢に移動させよ」と伝えると、彼らは走って向かった。
罪状ならば沢山ある、もう娘は死んだのだ。
最早二度と会う事も無いだろう……。
「何とも、最後まで馬鹿で愚かな娘だった」
「心中お察しします。ですが、余りにも罪を重ね過ぎました」
「そうだな……全くもってその通りだ」
「ドルマン伯爵はどうなさいますか?」
「共犯だ、伯爵については同じように監獄に送る。ドルマン製の薬は残す為、薬の製造と研究所として残す事にはするが、信用は失うであろうな」
「ええ、信用は地に堕ちるでしょう」
「だが、ダンノージュ侯爵家からすれば、長い夜が明けたような感覚であろうな。国の為、ナジュの為、そして領民の為に目を失ってまで頑張ってくれたのだ……褒美を渡さねばなるまい」
「出来る限りの褒美が宜しいかと」
そう語り合いながら廊下を歩く最中、ノジュの雄叫びが廊下に響く。
どうやら地下牢に連れていかれている最中の様だ。
――本当に、愚かすぎる娘であった。
だが、愚かなのは自分も同じだと思うと、皮肉だなと……涙が零れ落ちた。
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本日二回目の更新です。
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