第251話 狂い始める歯車③
――カイルside――
『メリンダが消えた』
――そう連絡を受けたのは、数日後の事だった。
祖父と祖母に呼び出され、俺とリディアは急ぎダンノージュ侯爵家のタウンハウスへと急いだ。
そこに待っていたのは、憤慨した表情の祖父と、眉を顰めた祖母だった。
椅子に腰かけるよう指示を出され座ると、祖父は重い口を開いた。
「メリンダが数日部屋に閉じこもるようになり、メイド達も安心しきっていたのはある。ワシの影たちもその様子は見ていたし、メリンダがブツブツ何かを呟きながら自室にこもるようになった姿を見ている。みているが――だ」
「一体何が」
「メリンダは、クウカを部屋に呼び、それから可笑しくなったと聞いている」
「クウカ……ですって? あの二人に接点は無かったはずですわ」
リディアも慌てた様子でそう答えたが、祖父と祖母は首を横に振った。
「メリンダとクウカの共通は一つ――マリシアだ」
「「!」」
「クウカはマリシアの話をしながら、途中でナウカの話もしていたらしい。劣った者たちだと笑っていたそうだ」
「なんて奴らだっ」
「そして二人で部屋に消えると、そこから暫くしてクウカは帰り、メリンダは徐々に可笑しくなっていった。何かを思い悩んでいる様子はあったが、影が声を掛けても返事はなかったらしい。そして数日後、姿を消した」
「……箱庭」
「その通り。メリンダの部屋のクローゼットから微かにクウカの箱庭の形跡が見つかった。恐らくクウカがメリンダを囲っているのだろう。クウカの元に兵士が向かったが、口を割ろうとはしなかった。そのクウカもまた……今は行方不明だ」
「「――……」」
頭痛がする様な展開に俺とリディアは呆れを通り越して頭を抱え、「あいつは何をやっているんだ」と俺が呟くと、リディアも「本当にね……」と返事を返し、祖父母はそんな俺達を見て同情するような瞳を向けつつ口を開いた。
「事の重大さからアカサギ商店の店主は呼び戻され、内容を聞いて憤慨し、クウカを廃嫡とした。そして城との温泉契約も白紙に戻った。城にあるクウカの箱庭への門は今『封印師』が封印して使えなくしている。無論アカサギ商店にあったクウカの出入り口もだ」
「では、何処に出没するか分からない状況……と言うわけですわね」
「その通りだ。通り魔が何時何処で誰を狙うか、そんな危機的状況だ。またクウカはリディアに対して怒りを持っていたそうだ。リディアの箱庭にクウカの箱庭が繋がる事はありえるのか?」
「それはありませんわ。わたくしが拒否していますから」
「ならば安心だが、今王都ではメリンダが消えたことで危機的状況にある。しかもクウカが匿っているとなると問題だ。アカサギ商店から消えた薬草類などを調べたところ、どうやら薬を作っていることも分かっている」
「「………」」
「クウカをお前たちに預けたのはワシのミスだ。愚かな男をお前たちに引き合わせてしまった」
「お爺様」
「ナウカの箱庭をまだ使っていなかったのは不幸中の幸いですわね。兄弟で箱庭師の場合、ナウカの箱庭には彼次第でクウカがはいってくる可能性がありますの。兄弟で箱庭師の場合の面倒な点ですわ」
「そうなのか?」
「クウカが何をするかは分かりませんが……ナウカに事情を説明した上で、箱庭への門を一度閉じた方が良いでしょう。箱庭にいる箱庭師にはそれらの連絡を徹底させて頂きますわ」
「よろしく頼む」
それにしてもだ。
一体クウカは何をやっているんだ?
必要以上に疲労効果の高い温泉に執着し、自分の箱庭を大事にせず、それどころか箱庭を開くために尽力を注いだリディアを逆恨み……。
普通ならばありえない考えだった。
いや、普通ではないからこそ、マリシアの姉と仲良くなったのかもしれないが。
何処に出没するかも分からない、無味無臭の薬をばらまく可能性のある女に入れ込むなんて、尋常ではない。
「まさか、クウカはマリシアの姉の薬の効果を知らないのか?」
「そんな筈はあるまい。どの新聞や号外にも薬の効果は書いてある」
「ならば、単純に興味が無かったのか、或いは――」
「確か、クウカは次男ですわよね? 薬の効果を知っていたらマリシアの姉に近づこうとは思わない筈ですわ。その上で『人の為に作っている薬』等と、世迷言を囁かれたら、婿養子に入りその姉を支えて行こう……なんて思っているのかしら?」
「それこそありえまい。もしそうだとしたら、クウカは余程の愚か者と言う事になる」
「そうですわよね……そこまで愚か者ではないと思いたいですわね。では一体何がお互いの一致になったのかしら」
「考えても仕方ない。クウカ達本人にしか分からない事だ。犯罪者には犯罪者にしか分からない心理があるのと同じだと思おう」
「そうね……」
「でも、今後無差別に薬を使われる国民が増える可能性は否定できないわ。クウカの箱庭の痕跡を辿っているけれど、今のところどこかに出た様子は無いの」
「引き籠っていますのね」
「ええ」
箱庭師の厄介な所というとリディアに失礼だが、ある程度の食料があれば、長い時間箱庭に引き籠る事が可能だ。
リディアの箱庭をみたからこそ考え付いたことかも知れないが、面倒な事この上ない。
「王宮魔導士たちがクウカの箱庭の痕跡を辿り、何処に出るか、何処に出たかを確認するそうだ。捕まればいいが難しい問題だろう。暫く王都は荒れると思うが、気を引き締めておいてくれ」
「「はい」」
こうして俺達はリディアの箱庭に戻り、ミレーヌを含めた箱庭師を全員集めて、今回の事件を話すことになった。
ミレーヌは口を押え驚き、マリシアは顔面蒼白だ。自分をネタに集まって国が荒れるのだからそうなるだろう。
ファビーも驚きを隠せず、ロニエルはクウカの所為で国が荒れると言うワードに恐怖し、唯一冷静だったのはナウカだった。
「そうですか……兄は何処で狂ってしまったんでしょうね。いえ、元々その片鱗のある方でしたが」
「ナウカ……貴方平気なの? 実のお兄さんなのよ?」
「ではマリシアに聞くけれど、マリシアは実の姉が国を荒らす悪党だと知って、自分に何が出来るか考えられる?」
「それは――」
「オレに出来ることは、心をシャットアウトし、オレの大事な箱庭を守る事だよ。かかわりのある箱庭師ならば、自分の心の隙をついて箱庭に入り込むことは出来ると兄は言っていた。ならば、オレは兄をオレ達全員の敵として見なし、箱庭への干渉を一切無くすことが一番先決だと思っている。無論、あの当時マリシアは箱庭を開いていなかったから、干渉のしようがないだろうけれど、オレは血が繋がっていると言う点で言えば、一番危険なんだ」
「ナウカ……」
「俺の箱庭は確かに金になる様な箱庭じゃない。だからといって、荒らされていい箱庭でもない。沢山の子供達が笑顔で生活するための箱庭に、犯罪者は入れられない」
真っ直ぐ前を見て、曇りなき眼で言い切ったナウカに、マリシアは息を呑んだ。
「オレの心は兄程弱くはない。守るべき命を想えば、なんだってする」
「ナウカ貴方……」
「マリシア、君も被害者だったのなら分かるはずだよ? 誰が一番悪い? 誰が一番狙われる? 次の一手をどう相手が使ってくる?」
「……でも、無差別に人を襲う事は無いのかしら」
「そこまで材料があるとも思えない。やるなら確実にヤレル相手を選ぶと思う」
ナウカの言葉に俺はスッと手を上げ、「俺もナウカに同意だ」と告げると、マリシアとファビーは顔を見合わせ、箱庭の設定を弄り始めた。
クウカをシャットアウトする為に動き出したのだろう。ミレーヌも同じように設定を弄っている。
ナウカは暫く目を閉じてから、意を決したかのように箱庭の設定を弄りだし、クウカとの接点となりそうなものを潰していったようだ。
それでも確実に安全とは言えない。
ナウカは悩んだ末、一旦箱庭の扉を閉じる決意をした。
もう一度扉を開くのは大変らしいが、一度作った箱庭があるならばそれは保存されるらしい。
ナウカに出来る、最大限のクウカ対策でもあった。
それから一カ月が過ぎ、不気味なほどに何も起きない中、一カ月も持つ食事と飲料水を用意できたクウカにも驚いたが、そんなある日、ついに犠牲者が出てしまった。
その相手とは――。
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