第36話 箱庭師たちは新しい人材確保に動き回る(中)

――ロキシーside――


「なるほど……。ロキシー姉さんがオーナーの店は、今まで王都に無い目新しい事業なのね。それで、別店舗を構えることになったから新しい人員の募集をしていたと」

「だが、二店舗を一人で護衛するのは厳しい。そこで新しい護衛に俺とナルタニアを雇いたいと言う事で良いのだろうか」

「はい、構いません」

「無論、アンタたちを信用してないって訳じゃないけど、神殿契約はして貰う事にはなるけどね」

「そこは構わないわ。店の秘密を守る為には必要な事だと思うもの」

「だが一つ問題がある。あの二人が、俺達が抜けることを良しとするだろうか?」



――あの二人、というのは、アタシがまだ紅蓮の華で働いていた際に一緒にいたリーダーと副リーダーの事だろう。

アタシが抜けた後は随分と荒れたと聞いたけれど、今も新しく仲間になった冒険者をうまく扱う事が出来ず、今では紅蓮の華はSランク冒険者からの地位が落ちそうになっているとも聞いている。



「でも、今日の飲み会で今度無理な依頼を受けるとリーダーが言っていた。リーダーが無理をしないといけないような依頼等、とてもじゃないが俺は足手まといだろう」

「そんな!」

「それならば、俺はチームをその依頼を理由に抜けようと思う。ナルタニアもそんな俺についてくるか?」

「一緒にどこまでもついていくわ! 無理な依頼を受けないと保てない程落ちぶれたチームに居る気はないって今から言いに行きましょう!」



そう言うと二人は即座に動き外へと出て行ってしまった。

後に残ったアタシたちはお酒を飲みつつ今後に向けた会話を始める。

すると――。



「勢いでチームを抜けるって言って大丈夫なんですか?」

「冒険者は多少勢いが無いと上には上がれないだろう?」

「俺は安全第一に動いていたので」

「プレイスタイルの違いさ。そこは人間誰しもがそうだろうよ」



そう語るとカイルも納得したようで、10分後にはナルタニアとダルメシアンは無事に紅蓮の華を抜けてきたと晴れ晴れとした笑顔で報告に来た。

人生勢いだって大事だ。

人生の分岐点なんて、考えても考えても抜け道が無い時だって沢山ある。

そう言う時こそ、勢いは大事だと痛感する。



「取り敢えず8人。カイル、8人だ」

「分かった。新たに宿屋で8人分の部屋を借りればいいんだな」

「え? 部屋を用意してくれるんですか?」

「寧ろ、そこまでして頂いて宜しいんですか?」

「道具店サルビアはオーナーの御好意で、店員となった人間には宿屋の個室をタダで借りることが出来るんだよ。毎月の支払いは道具店サルビアで落ちる。ただし、鍵を無くした場合は個人で支払うように」

「後は、神殿契約の費用もこちらでお出ししますので、シッカリと書類を読んで頂けると助かります。明日にでも神殿契約をしたいので、今日までは各自借りている部屋で。明日の朝、道具店サルビアにお越しください。宿屋のカギをお渡しするのと、丁度今雇っているマニキュア担当の方々も神殿契約をしに行きますので、宜しくお願いします」



カイルの言葉に女たちは歓声を上げ、ナルタニアとダルメシアンも、次の仕事が危険の少ない護衛と言う事で安心したようだ。

また、給料に関しても話があり、これにはナルタニアとダルメシアンも喜んでいた。

そりゃそうだろう。

命がけの冒険者家業よりも金が良いんだから、喜ぶに決まってる。

こうして解散となったものの、カイルを宿屋まで護衛しないといけない為、アタシたちの女子会はそこで終わった。

そして、宿屋で新たに8部屋借りることになり、宿屋の店主はカイルの事を褒め、8つの鍵を貰うと箱庭へと一緒に戻った。

すると――興奮した様子でリディアちゃんとライトが駆け寄り、その夜は大盛り上がりだった。

特にリディアちゃんは酒場と言う場所を初めて体験したと言って嬉しそうにしていたが、彼女が酒場に行く事は、恐らく一生無いだろう。

隣で微笑んでいるカイルが行かせるはずがない。



「後は新しい店舗を得られれば最高ですわね! 明日は丁度お店のお休みの日ですし、カイルとロキシーお姉ちゃんとで新しい店舗を見に行っては如何かしら?」

「丁度いい護衛も雇えたから、前に候補に挙がっていた同じ表通りにある駐屯所前の店なんてどうだろう。酒場が近いが駐屯所前なら安心だろう?」

「そうですわね。あそこは確か三階建てでしたわね」

「この際丸っと借りてみても良いかもしれないな。貴族は個室を好むだろう?」

「それもそうですわね」



こうして、新たに借りる場所まで考えてくれるんだから、アタシの出る幕はないだろうと思い、酒を飲みつつカイルとリディアの様子を肴にする。

すると――。



「ロキシーさんは凄かったです」

「そうかい?」

「ええ、みんなの心の拠り所だったんですね」



ライトがアタシにお酌してくれながら隣に座った。



「一人で生きてくのは大変で、辛くて悲しくて寂しくて。年に何回か兄さんから送られてくるお金を大事に使いながら生活をしていました。それを思うと、私は恵まれていたのだと痛感します」

「賢い子だね、ライトは」

「愚かな生き様だけは晒したくないですから。兄の為にも、皆さんの為にも」



11歳には見えない大人びた考えを持つライトにアタシはクツクツと笑い、ライトの柔らかい頭を撫でながら美味しい酒を味わった次の日は、朝から大所帯で動き回り、神殿契約を11人分終わらせると道具店サルビアの店内に向かった。

そこで鍵を一人ずつ手渡すと同時に、生活必需品ともいえる服なんかを買う為のお金を、一人金貨一枚貰い、数人気を失いかけたものの、何とかなった。



「え――? アタシたちも貰っちゃっていいんですか?」

「冒険者とは言え、店内で働く場合は鎧とかじゃダメだろう? ちゃんと二人ともお店で働く用の服を買ってきてくださいね」

「了解した。それと一つ要望なんだが、やはり俺はナルタニアと一緒に仕事がしたい。お願いできるだろうか」

「そこは構いませんよ。良いですよね? ロキシー」

「ああ、構わないよ。その代わりシッカリと働いてくれればね」



こうして、ネイルサロンのオーナーであるアタシはいつも通り、道具店サルビアで働き、ネイルサロンサルビアには、ナルタニアとダルメシアンが働いてくれることになった。

後の問題は――ネイル問題だ。





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