第87話 新店舗オープンと言う名の地獄の始まりと、生き生きとしたご老人たち。

――カイルside――



新店舗オープン日。

この日から、新しい店舗の店長は雇われオーナーである雪の園メンバー達が働くことになっており、俺は各所へのヘルプで動く予定だ。

開店の前から、道具店とネイルサロン、新店舗となる『服とガーゼの店・サルビア』には長蛇の列が出来ていた。

そこで、早めのオープンとしたのだが……商業ギルドで店員を5人借りておいてよかったと思う程の人の流れだった……。



道具店サルビア二号店には、箱庭にいる付与師と彫金師による付与アクセサリーが沢山売られており、専門ブースが作られているが、そっちは冒険者が押しかけて大変な事になっている。

レジは商業ギルドで雇った人とナナノが担当し、付与アクセサリーの所にはレイスが付きっきりで、その他の商品に関しては商業ギルドで雇った人たちが駆けずり回っている状態だった。

そして、アイテムが無くなりそうになると即座にハスノが商品を素早く入れていき、アイテムが無くなることが無いよう走り回っている。



「おいおい、何の冗談だ!? この冒険者用の革袋、触り心地も大きさも使い勝手も最高じゃねーか!!」

「付与アイテムに移動速度アップだと!!」

「攻撃力50%アップもあるぞ!」

「中級ポーションと上級ポーション20個ずつくれ!」

「この『ひんやり肌着』があるだけで炎のダンジョンの効率が上がるんだよ! 5着くれ!」

「傷薬特大用をこっちは2つだ!」

「俺はハッカ水を5本くれ!」



うん、地獄の忙しさを外から見ると本当に地獄だったんだな。

途中からレイス達は回復ポーションを飲みながら対応している。

是非、この騒ぎが落ち着くまでの間頑張って欲しい。



続けてやってきたのはネイルサロン・サルビアだ。

貴族様達が次々に店に入っては受付を済ませ、流れるように奥へと向かっている。

従者の待合用スペースでは紅茶を飲みながら待つ者、買い物をする者と色々だが、こちらは大きな混乱は無さそうだ。

商品に関しては依然と変わっていないのもあるのだろうが、石鹸やボディーソープなんかは飛ぶように売れている。

特に売れているのは、リンスインシャンプーで、メイド達は競い合うように買っている姿が見える。

貴族用と言う事で、香りの良いものを多く置いているが、値段だって少々高く設定しているのに気にする様子はない。

女性の美への拘りは凄いのだと改めて痛感した。



さて、問題は新店舗である『服とガーゼの店・サルビア』だ。

リディアの要望で授乳室とオムツ交換場所を確保したこの店には、朝から沢山の妊婦や子持ちの家族が来店しているし、若い女性達も多く来店している。

その上、妊婦や子供にやさしい様にと店の通りには椅子も用意している為、疲れたら少しだけ休むことも出来る。

中はと言うと、箱庭で保護したお年寄りたちが走り忙しそうに接客をしていた。

お婆さんたちも御爺さんたちも、この店の為に拵えた服を着ており、店員だと分かる服になっている。

その上、商品に関しては説明および相談にも乗れるようにリディアがコッソリ指導していた事もあり、問題は起きてはいないようだ。



「うちの息子、オムツかぶれが酷くって……」

「それでしたらこちらの商品が肌に優しく、副作用も無く使えますよ」

「うちの子は汗疹が」

「ならお風呂上りにこちらのパフを軽く全身に付けてあげると、徐々にですが綺麗になっていきますよ」

「うちの子は乾燥肌で」

「でしたらこちらの乳液をつけると――」

「うちの子は手しゃぶりが酷くって口の周りが」

「でしたらこちらのお薬がよく効きますよ。後はこちらの『おしゃぶり』と呼ばれるものはどうでしょう」

「子供用のガーゼケットはありますか?」

「各種取り揃えてありますよ」



等など、こちらも戦争だった。

お年寄りの店員10人を入れたが足りていないかも知れない。

初日だからだろうか、これは様子を見る必要がありそうだ。



「妊娠線、アタシの時も苦労したのよ。でもこのクリームを念入りに一日三回塗ると妊娠線が薄くなるから使ってみなさいな」

「こっちの母乳パッドはね、下着を汚しにくいと思うから使ってみるといいよ」

「赤ちゃん用のオモチャはこっちですよ~」



生き生きとした爺様婆様が店内を走り回りつつ、途中で疲れるとポーションを飲んで対応している姿はなんとも凄い。

これは、明日オープンの『カフェ・サルビア』は覚悟した方が良いだろうな……。

そう思い、道具店だけではなく『カフェ・サルビア』と『服とガーゼの店・サルビア』の為に商業ギルドで慌てて店員を増やせるか聞きに行くと、その日の内に『服とガーゼの店・サルビア』に即5人の店員がヘルプに入る事が出来た。

取り敢えずは一安心かと思ったのも束の間――。



「カイル!!」

「どうしたんですかレイスさん」

「今から商業ギルドに行って店員を増やしてもらってくれ! とてもじゃないが手が回らない! あとレジを買ってきてくれ! 二台じゃ回らない!」

「了解です!」

「カイルさんカイルさん!」

「どうしたんですか?」

「『服とガーゼの店・サルビア』でもレジが足りないよ! うちでもあと二つは欲しいね!」

「分かりました!!」



こうして、急ぎレジを4台購入し、その帰りに商業ギルドに入ると既に追加の店員を5人用意してくれていたので、走って連れて行き対応に追われた。

また――。



「ガーゼシリーズ俺達も欲しいんだよぉ!」

「なんで道具店に置いてないんだ!!」

「急ぎ持ってまいります!」

「冒険者があの店に入ったら、子供達が怖がるだろ!」

「今すぐに!」



と、ガーゼシリーズを求める冒険者も多く、しかも子供や赤ちゃんが怖がらない様に配慮している冒険者の優しさに泣けてくる。

奥からガーゼシリーズを持ってくるレイスさんはすぐに売り始めたが、あっという間に消えていく……。

最早冒険者がひな鳥状態。

ハスノは走り回りながらあらゆる道具が切れないようにしていたが、ガーゼ類は予想外だったようで、移動速度アップのアクセサリーをつけると風のように走り回ってアイテムの補充をしまくっていた。



そしてその夜――。



「移動速度アップは神」

「私たち店員は全員、移動速度アップをつけるべき。体力アップも忘れちゃいけない」

「アタシたちがつけても大丈夫かねぇ……」

「怪我防止のアクセサリーを作りましたので、ご年配の方でも付ければ大丈夫です」

「すまないねぇ」

「いや――しかし、売った売った!!」

「徐々に体力回復のついたアクセサリーをつけてたけど、此れが無かったら死んでたよ」

「では、わたくしがご年配の素敵な店員さんの為に付与アクセサリーを作りますわ! お外では秘密でしてよ?」

「「「「「おおおおおお!」」」」」



こうして、リディアはご年配の店員の為に『移動速度アップ』『怪我防止アップ』『徐々に体力回復』『痛み軽減アップ』と言う4重付与を入れ込んだネックレスを人数分用意し、明日からオープンする『カフェ・サルビア』のご年配の方々にも渡していた。

衣装に合うようにダイヤで作られたアクセサリーは全てお揃いで出来ており、お年寄りたちは「新たなオシャレ」として喜んでいた。

すると――……。



「私たち若い組は、体力アップと移動速度アップで頑張るよ!!」

「お年寄りのウエイトレスに負けてたまるもんですか!」

「気合入れるわよ!!」



と、若い方々に火がついたようだ。

競い合うように動き回る店内が想像できる……。


その後、一日の疲れをゆっくり取るように温泉は大盛況で、温泉が3つになったのは本当に助かったと思ったほどだ。

そして皆が口々に言うのは――。



「ワシらもまだまだ働けるぞ!」

「アタシたちもこれからだよ!」

「ママ、お爺ちゃんたちに負けないでね」

「気合入れるわよ――!!」



という声が温泉から休憩所まで響いていた。

流石疲労回復効果の高い温泉である。もう皆疲労回復していらっしゃる……。



「ロキシーお姉ちゃん、ネイルサロンはどうでしたの?」

「いつも通りのようでいつも通りじゃなかったって報告だね」

「というと?」

「シャンプーとボディーソープ、石鹸に泡石鹸がとんでもない売り上げを叩きあげて、現在の売り上げ一位だよ」

「まぁ!」

「手洗いは基本が根付きそうだね」

「冒険者の間でも石鹸は飛ぶように売れていたよ。魔物を触った後は臭いがきついんだが、石鹸を使うと臭いが落ちると評判が評判を呼んでいる」

「この分だと」

「明日もバカ売れする」

「作り置きしている石鹸……足りるかしら」

「道具店サルビア一号店でも同じだったぜ。そっち程多くなかったけど、庶民の間でも手洗いは大事だって広まりつつあるな」

「後は若い世代のお嬢様たちは同じようにボディーソープやシャンプーを買って行かれます」

「髭剃りが早くなるっていって泡石鹸も飛ぶように売れたな」

「では、わたくしは泡石鹸を今から作っておきますわ。在庫が切れたら大変ですもの」

「頼みます」

「後、赤ん坊用のオモチャもな。『おしゃぶり』が飛ぶように売れてる」

「了解ですわ!!」

「徹夜はするなよ……?」

「二徹は覚悟しますわ!」



こうしてリディアは徹夜でアイテムを作り続け、俺は一人寂しく寝ることになったが、リディアが徹夜してくれたおかげでギリギリ売り切れにならずに済んだのは言うまでもなかった訳だが――。





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本日二回目の更新です。

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