第86話 カイルの各所への挨拶回り。
――カイルside――
今日は明日に備えて、関係各所への挨拶回りだ。
ネイリスト全員の引っ越しが通達された昨日――俺は宿屋の店主と話をしていた。
そう長い期間ではないが、この宿屋を金貨1枚でどれだけの部屋を借りただろうか。
どれだけの人数の人々が救われただろうか。
保護した女性達が、どれだけ安心する場所だっただろうか。
店主には感謝してもしきれない。
「お前さんがナカース王国のダンノージュ侯爵家の跡取りだったとはなぁ……。商売人としちゃ駆け出しだったお前さんも、今や国中が知る、道具店サルビアの店主だ。お前さんの助けを出来て良かったよ」
「確かに店主には世話になった。だが俺は宿屋で借りている部屋を解約する気は無いんだよ」
「は? 一体何に使うってんだい」
「店主にしか頼めない事さ」
そう言うと俺は、ナカース王国から困っている国民を助ける使命を受けていることを話した。困っている、助けて欲しいと願っている人々を直ぐに箱庭に連れていく事は難しくなってきた。
ならば――借りているこの宿を一時避難所として、このままずっと借りさせて欲しいと頼むと、店主は鼻を啜りながら「命の架け橋の宿か」と口にした。
「今までも沢山の女性達がこの宿で命を繋ぐことが出来た。俺はこの宿こそが、命の架け橋だと思っているんだ」
「カイル……」
「これからも、保護して欲しい、助けて欲しいと言う人々は増えるだろう。そう言う人たちを一時的に保護できる場所は欲しいんだ。だからこのまま宿の部屋を借りさせて欲しい」
「そいつは構わないが……俺の宿屋がそう言う奴らの命を守れるなら、お前さん達の使っていたフロアをまるっと使ってやるよ」
「ありがとう店主」
「なあに。訳アリの人生なんて碌でもない野郎も多いが、本当に助けを必要としている人間にとちゃぁ明日をも知れぬ命の危機だ。そう言う奴らの為に使えるのなら、安いもんだ。ついでにカイル、この宿の事を宣伝しておいてくれよ。道具店サルビアお墨付きの避難場所っつってな」
「ははは! 頼もしい店主だな」
「ただし、助けるに値するかどうかは俺が判断させてもらうぜ?」
「ああ、甘え腐った野郎が助けを求めても助けなくていい。本当に手を指し伸ばさないといけない人を助けられなくなる」
「そう言うこった。保護したら道具店サルビアに言いに行けば良いか?」
「ああ、宿屋の前には今後朝の露のメンバーが雇われオーナーと店員として入る。困ったことがあったら助けを求めても構わない」
「そりゃ助かるぜ!」
こうして、宿屋はこのまま継続して借りることになった。
本当に困っている人への、最初の命の架け橋となる為に。
次に行うべきはチラシを配って一週間。
道具店サルビアの第二店舗のオープンとネイルサロン・サルビアの再スタートだ。
明日から新しい道具店サルビアと、ネイルサロン・サルビアがオープンするが、今か今かと待ちわびている客は多い。
新商品が欲しい客も多いのだろう。
「カイル! 新商品は出るのかい?」
「店が広くなるんだろ? 次はどんな新商品が出るんだ?」
「新しい店もオープンするんだろう?」
行き交う街の人や冒険者に何度も声を掛けられる。
その度に「新しい店は新商品がいっぱいだよ」と笑いながら話をすると、街の人たちは目を輝かせて「早くいかないと売れきれちまうな!」と笑っていた。
業務提携している店は、『ひんやり肌着』と『ガーゼシリーズ』で売り上げは上々のようで、俺が新店舗の挨拶に行くと、もの凄い歓迎を受けた。
今後も『ほっかり肌着』に『ほっかり布』もしくは『ほっかり糸』を使った商品開発が進むとリディアが言っていたので、売り上げはもっと伸びるだろう。
リディアの開発するものは、人々の生活を豊かにするものが多い。
今では箱庭で妊婦や乳児、幼児の為の商品開発に余念がないし、何時も忙しそうだ。
昨日は寝る前に、
「小さな先生たちは、本当に色々な事を教えてくれるのよ」
と嬉しそうに笑っていた。
だが、そうやって子供の目線、子供からの意見を聞いて商品化するなんてことは、普通の職人や仕事人はやらない。
それを当たり前のように受け入れ、商品にする事が出来るリディアが凄いんだ。
そう伝えると、リディアは驚いた様子だったが「凝り固まった知識だけでは国は発展しないわ」と苦笑いしていて、俺もその通りなんだろうなとリディアの商品を売り始めてから思うようになった。
それは伝染するように人々に伝わっていき、道具店サルビアやネイルサロン・サルビアから新たな着目点のあり方が論議されていると聞いたことがある。
確かに古い考えの人間は凝り固まった知識で物を見るだろう。
安全対策とも言える考えかも知れないが、それだけでは発展しない。
だからこそ、リディアのような新しい風を吹き込ませる人間は希少なんだ。
明日はまず、道具店サルビアとネイルサロン・サルビア。
そして、隣接する『服とガーゼの店・サルビア』も満を期してオープンする。
金があるからこそ「チャレンジはしないと勿体ないわ」と言うリディアに投資が出来る。
それは確実に売れる事だろう。
更に翌日にはついに『カフェ・サルビア』もオープンが決まった。
サーシャとノマージュの頑張りのお陰で、上品で可愛らしいお婆さんたちの服が出来上がったのだ。
既に腰の曲がったお婆さんたちも複数人いるが、彼女たちは保護された時とは打って変わって、生き生きとした表情で毎日を生きている。
あれだけ騒いでた爺様たちも、生き生きとしたお婆さんたちを見ると悪態つきながら笑顔で笑っている。
陶芸師たちも頑張ってくれたおかげで、素晴らしいお皿や珈琲カップ等も沢山出来た。
箱庭で駆け回る子供達の笑顔と笑い声、職人たちの元気ある声。
母親たちの余裕のある声に、どれもこれも、リディアがいたからこそ、リディアが手を差し伸べたからこその笑顔だと思うと、それらはとても尊く思えた。
命を、笑顔を、生きる希望を失いかけた人々が笑っている姿を見るたびに、リディアの存在が大きく、愛しいものへと変わっていく。
箱庭は楽園だ。
その楽園を我が物にしたかった滅んだ国の王の気持ちも分からなくはない。
だが、箱庭師は自由であるべきだ。
自由に、心の赴くままに、他の箱庭師の使い方は人ぞれぞれで違う物だろうが、リディアのように使う者の方が珍しいことくらいはお爺様の話を聞いて理解できる。
私利私欲ではなく。
命を繋ぐ為に。
笑顔を守る為に自分の箱庭を使うリディアは――愛しくて尊いのだと。
「ただいま。街の皆は新店舗凄く楽しみにしてたぞ」
「「「「おかえりなさーい!」」
「あらあら、アタシたちも気合を入れないとねぇ」
「第二の人生だねぇ!」
「まだまだワシらも死ねないな!」
「皆さん、倒れない程度に頑張りますわよ!!」
「「「「お――!!!」」」」
――これからもリディアを中心に助かる命と、新たな人生を歩む人は増えていくのだろう。
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