第260話 負けられぬ戦い。①

――カイルside――



それから一か月後――。

ノジュ姫殿下の帰国パーティーが開かれた。

幾人もの友人を連れて帰ってきたノジュ姫殿下は、父親である国王よりも自分こそがこの場では優位なのだと言わんばかりの態度で、多くの貴族達は眉を顰めた。

一人一人の貴族が陛下にお言葉を贈り、ノジュ姫殿下へ帰宅の祝いの言葉を贈る中、祖父母と俺とリディアも前に出て陛下へのお言葉を贈っていたその最中だった。



「あら! そこの後ろの! 貴女よ貴女!! 名前何て言ったかしら!!」

「ノジュ、挨拶の最中だぞ」

「うるさいわね! お兄様は引っ込んでなさいよ! 確かダンノージュ侯爵家に嫁いだっていう女! 貴女、聞いた話では色々と商売も上手くやってるそうじゃないの! 折角だから私が手を掛けてやってもいいわよ? 有難く思いなさい! 命令よ!」



国王陛下の言葉を遮ってまで、名前すら知らない相手に対しての横暴な態度に、祖父母は無表情でノジュ姫殿下を見つめ、俺もリディアも無表情で返事を返すことは無かった。



「何か言いなさいよ!! ハイとか分かりましたとかあるでしょ!?」

「ノジュ、喚くのならお友達と一緒に奥に引っ込んでも良いのだぞ」

「何を仰いますのお父様! 私の役に立てるなんて光栄な事ではないですか!」



そう喚き散らすノジュ姫殿下に、リディアは一歩出ると微笑んで口を開いた。



「国王陛下、お貸ししている温泉は城の皆さまに愛されているでしょうか?」

「お、おお! 皆あの温泉に満足している。リディアには色々と助けてもらい感謝している。今後もナカース王国の為に尽くして欲しい」

「ええ、わたくし達ダンノージュ侯爵家は、ナジュ王太子殿下が後の国王になる事を望んでいますので、今後ともナジュ王太子殿下とも仲良くやっていきますわ。その為の足掛かりとなったのでしたら、これ以上喜ばしい事はありませんもの」

「そうかそうか! そう言って貰えると安心できる。ナジュよ、お前もリディアには助けて貰っているだろう。礼を言うといい」



無視されるとは思っていなかったのだろう。

ノジュ姫殿下は扇を折らしそうなほどにギリギリと音をたて、憤慨した表情でこちらを見ているが、ナジュ王太子は深々とリディアに頭を下げると、次のような事を語り始めた。



「リディア、君の知識、そして民を想う尊き思いは確かに受けとった。『民こそが財産である』と言われた時は、目から鱗が出る想いだった。あのような言葉を言われる自分が情けなくもなった……。『民が富むことが出来れば国も豊かになる』正にその通りだ。今後も迷った時は苦言を言って欲しい。私は民の為に、国の為に出来ることはなんでもしよう!」

「ありがたいお言葉です。今後ともナジュ王太子の為に、ダンノージュ侯爵家一同、支えていく所存です」

「……ありがとうリディア。そしてありがとう、ダンノージュ侯爵家よ」



ダンノージュ侯爵家全員がナジュ王太子殿下を次の国王に推薦している事、そして後ろ盾になっていることを知らしめることが出来ると、ノジュ姫殿下は鼻の穴を大きくしながらなんとか自分の犯した恥を抑えているようだが――その顔の醜い事と言ったら。



「そうなの、そうなのね?」

「何がでしょう」

「ダンノージュ侯爵家が私と敵対すると言うのであれば! 勝負をしましょう!」



急に何を言い出すのかと思い、周囲の貴族もザワリと騒ぐと、ノジュ姫殿下はフヒーフヒーと鼻で呼吸しながら俺達に扇を突きつけた。



「私を支持する貴族も多いのです! その中でも、ダンノージュ侯爵家の次に力ある家との繋がりを私は持ちましたの! そこで、あなた方がお兄様につくと言うのであれば、陛下を審査員にして公平にやり合いましょう! どちららが素晴らしい『薬』を作れるかで勝負よ!!」

「薬……ですか?」

「そうよ!! 先の殺人事件を起こしたような恐ろしい薬ではなく、人の為に成りそうな薬を二つ以上作ってくる事。期間は一カ月でどうかしら?」

「それは、わたくしがナジュ王太子殿下と相談し、人々を助けることが出来る素晴らしい薬を二つ以上作って来いと言う事で間違いは無いでしょうか?」

「その通りよ! 一か月後、また夜会の場で公表しましょう? それならば不正も出来ないでしょう?」

「宜しいですわよ? ナジュ王太子殿下、後でお話をして宜しいでしょうか?」

「お、あ、はい、分かりました」

「ですが今日はパーティーですし、」

「いや、期間はとても短い、この会話が終わり次第、私は王太子領に戻ろうと思っている。出来ればカイルとリディアも付いて来て欲しい」

「「分かりました」」

「どんな薬が出来るか楽しみですわね! こちらは既にとっても素晴らしい薬がありますから、勝ちなのが見えてますけれど!」

「あら? 勝負は最後まで分かりませんわ? 薬に関しては……種類に関して制限はありませんのよね?」

「そうね、作れる物なら作って見せて頂戴」

「分かりましたわ」



リディア――!!!

目が笑ってない、笑ってないぞ!

折角リディアに休んで貰ってホッとしていたのに、この鼻の穴デカデカ姫殿下め!!

リディアに火をつけやがったな!!!



「負け犬の遠吠えにならなければ宜しいですけれど!」

「そうならぬよう、心がけたいと思いますわ」

「フン! 知恵の女神だか何だか知らないけれど! 今に見てなさいよ!! そうね……そちらが勝ったら、それこそ、万が一にも勝てたのなら……私は修道院に入っても宜しくてよ?」



この言葉に多くの貴族はザワリと騒ぎ、リディアはその言葉を聞いて今日一番の笑顔を見せた。



「あらあら、宜しいのですか? このような場で言ってしまっては、後戻りは出来ませんわ? 大丈夫ですの?」

「大丈夫だから言ってるのよ!! 知恵の女神とか言いつつ阿呆な女ね!!」

「では、こうしましょう。もし仮に王太子殿下の薬が姫殿下の用意する薬に負けた場合は、わたくしはダンノージュ侯爵家から籍を外れる事にしましょう」

「「「「な!!!」」」」」

「その代わり! ナジュ王太子が勝った場合は、ノジュ姫殿下は修道院に入る。よろしいですわね? 陛下もそれで宜しいでしょうか」

「しかと聞いた。ナジュもノジュもそれでいいな? 二言は無いな」

「「はい!」」



この、馬鹿姫殿下の言葉に乗るのも問題だが、ダンノージュ侯爵家から籍を抜けるだと?

阿呆姫殿下絶対に許さないからな!!!!!

そう思ったが、何とか能面のように顔を作り、拳を握りしめ俺達ダンノージュ侯爵家は陛下との挨拶を終えた。


その後直ぐに祖父母も一緒に王太子領に向かうと、ナジュ王太子殿下もカリヌさんも慌てて王太子領の執務室へと入ってくるなり――。



「大丈夫なのかリディア! ノジュの言っていた後ろ盾は薬師や薬剤師を多数輩出している、ドルマン伯爵家だぞ!?」



そう叫んだナジュ王太子に、俺は血の気が引いていく感じがした。

リディア……大丈夫なのか……?





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