第185話 義弟ナスタの苦痛と苦悩。
――ナスタside――
貴族達から、王太子領での出来事を聞くようになった。
夜会に参加していると、沢山の貴族たちが義姉の話をする。
すると、数名の男性が私の方へ歩み寄ってきた。
「お聞きになられましたかな? ナスタ殿」
「ええ、尊敬してやまない義姉のリディアの事ですね」
「そうですとも。なんとも画期的な事を考えられる方ですな!」
「マルシャン家も何故リディア様のような方を追い出してしまったのか……眼が曇っておられたのでしょうな!」
「ははは、私は最後まで反対したんですが、父が愚者でして」
「確かに前公爵様はアレでしたな」
「父は姉の才能に全く気が付かなかったのです。アレだけ知恵の回る姉を何故追い出したのか、嫉妬かもしれませんね」
「しかもダンノージュ侯爵家に取られてしまっては手も足も出ませんな」
「ええ、何か秘策でもあると良いんですが」
そう言って内心イライラしつつも話を合わせていた。
姉を取り返したい一心でダンノージュ侯爵領にも赴き、腐敗させるところは腐敗させ、腐敗している所を更に腐敗させてやったというのに、ダンノージュ侯爵領はそれすらも片付けてしまう。
暗躍して、少しでも住みにくい領にして、そんな領に姉を嫁がせる等と言ってやろうと思っていたのに全く上手くいかない。
これ以上派手に動けば、マルシャン家が暗躍していることがバレてしまう可能性もある。
どうしたものか――。
多くの貴族が姉の事を絶賛する。
私の心から愛してやまない姉を「王太子領の救世主」だと口にする。
「知の化身」などと言う言葉も耳にするが、姉の一番すごい所は、あの美しさだ。
令嬢らしくもない服装に泥だらけになりながら作物や薬草や花の種を貰い、箱庭に入っては暫く出てこない。
出てきたかと思えば泥だらけで、心を掴む笑みを冒険者に送るあの姿。
全く公爵家らしくないその素振りと、輝かしいまでの美しい笑顔。
だが――、一度たりともその笑みを俺や家族に向けたことは無い。
嗚呼姉さん……あの笑みをダンノージュ侯爵家の跡継ぎには向けているんだろうか。
まさかもう獣のように襲われて初めてを散らしてしまっただろうか。
そうだとしたら、寝取らねばならない。
そうだとも、姉さえ手に入れば貴族である必要すらないのだから、姉と二人きりになれる方法さえあれば――。
箱庭に逃げられないようにだけは注意が必要だが、何とか姉との接点が欲しい。
だが、現状その接点を持てないでいる。
姉はスルリと箱庭に消えてしまう。
箱庭師と言うスキルからか、彼女は直ぐ見えなくなる。
恋しい恋しい姉さん……君をどうすれば独り占めできるんだろうか。
「ダンノージュ侯爵のアラーシュ様だ」
「何とも幸運の方よな」
「商売も上手くいって、知恵の女神までいらっしゃるのだから」
聞こえた声に目を向けると、老いて尚も大きく見えるその風貌と空気に皆が気圧される。
公爵家と言えど、上の侯爵家に先に声を掛けることは出来ない。
何とも歯がゆい気分を味わう。
他の者たちも次々にアラーシュの方へ流れていき、知恵の女神――姉に会いたいと懇願するが、アラーシュは聞き入れることは無い。
――ダンノージュ侯爵の呪いの所為だ。
ダンノージュ侯爵の血筋の者は、自分の伴侶と決めた相手を他の人間に見せることは無い。
妻となった者は社交すらさせず、己だけのものにするのがダンノージュ侯爵家の呪いだと聞いたことがあった。
姉は社交好きではなかったので、喜んで引き籠っている姿が想像できたが、義弟に会いたいという気持ちすら摘み取られているのではないだろうか?
そう思った途端、奥歯を強く噛み憎らしい目つきでアラーシュを見た。
一体何処で貴様の孫が姉と会ったのかは知らないが、どうせ孫の方から声を掛けたんだろ。
清らなかな姉を騙してまで、あの美しさが欲しかったのだろう。
なんて浅ましいんだ!!
そう叫びたい気持ちを抑え、飲み物を飲み干すと夜会を後にした。
嗚呼……ダンノージュ侯爵に捕らわれた姉を早く助け出さなくては。
両親さえ愚かでなければ、今頃姉は私の手元で愛されて自由に過ごせていただろうに、なんて可哀そうなんだ。
早く、早く助け出さねば。
だが、王太子にもナカース国王からも信頼の厚い姉を、どう奪い取る?
ナカース王すら、ダンノージュ侯爵に取られていなければ王家にと欲しがる姉を、どうすれば手元に置いておける?
姉の為に領地を豊かにし始めたばかりだというのに、余りにも道のりは長かった――。
早く次の一手を打たねば。
早く次の一手で、確実にダンノージュ侯爵にダメージを与え、姉を取りかえさねば。
気持ちだけが焦り、屋敷に帰ると牢屋につなげている両親の元へ向かい、今日の出来事を切々と話す。
如何にお前たちが愚弄であったか。
このまま毒殺してやろうか。
そう言いながら鞭を手に、両親だった者たちを鞭打ちしていく。
泣き叫ぶ声よりも姉の声が聴きたい。
長い事鞭打ちしていると、二人は動かなくなったので古くなったポーションを投げつけてから地下牢を出た。
姉がいなくなってから虚しい日々が続いている。
潤いが欲しい、姉が欲しい。
あの大好きな私に向ける顔が見たい。
姉に叩かれた頬が熱く感じる。
「嗚呼姉さん……早く私の許に戻ってきてくれ……気が狂いそうだ」
姉の部屋に入り、彼女のベッドに寝転がると外から見える月の輝きに姉を重ねて見つめた夜の事――。
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