第56話 命を繋ぐために箱庭師が用意したもの(下)

――カイルside――


アイテムボックスから最初に取り出したのは、レイスさんへとリディアから託されたアクセサリーだ。

レイスさんは箱を開けると、見事な青いバラの髪留めに目を見開き、俺の方を見た。



「初めからお話させてもらいます。実は懇意にしている付与師ではなく、俺の大事な女性が付与師スキルも持っているんです。店のアイテムやネイルサロン・サルビアのネイルも、彼女が一人で作っています」

「それは……」

「俺の大事な人は、あなた方を応援しています。死んで欲しくないと、五体満足で帰ってこれるようにしてあげたいと。こちらは彼女がレイスさんの為に作った身代わりの華です」



レイスさんもナナノさんもハスノさんも、一種の芸術品のような青いバラのアクセサリーに目を見開き、その後レイスさんは強く目を閉じると絞り出す声で「ありがとう」と告げた。

今、国が抱えている付与師たちは、冒険者ではなく騎士団に付与アイテムを率先して渡すように指示を出している。

故に、レイスさん達のような冒険者が付与アクセサリーを持つ事は、とても困難な状況下にあった。



「それと、こちらは同じく俺の大事な女性が作ったお守りです」

「これはっ!」

「「ロストテクノロジー持ち……?」」



流石に『神々の護符』を目にすれば、必然的にばれてしまうのは仕方ないにしろ、俺は質問には答えず微笑むだけにした。



「こちらの護符を30個用意してます。出来れば雪の園の方々が信頼できる朝の露のメンバーにも渡して差し上げてください。一瞬でも逃げられる隙が出来れば助かる確率が上がります」

「カイルくん……」

「まだあります」

「いや、もうロストテクノロジー持ちと言う事が分かった以上、何も驚かないよ」

「安心しました。こちらは『エリクサー』です。負った傷を癒し体力と魔力を瞬時に全回復しますが、一人二回までが使用限度ですので、一人につき二本所持して頂ければと思います」

「本当に何からなにまで……」

「最後にですが」

「「「!?」」」



そう言って、アイテムボックスから取り出した12本の青い瓶に入ったポーションに、三人は顔を見合わせた。



「こちらは、彼女がスキルを上げに上げまくった結果、作ることが可能になったモノで、多分王国内で此れを作れる、または所持しているのは今のところ俺と彼女だけです。そのアイテムを雪の園の方々にお渡しします」

「それで……そのポーションは?」

「はい、『破損部位修復ポーション』と言う名のポーションです」



流石に三人は言葉を失った。

俺だって最初はそうだった。

冒険譚で賢者が作った、もしくは聖女が作ったとされるポーションで、おとぎ話の世界のアイテムだとずっと思っていた。

だが違った。

効果は絶大だった。



「実は、ネイリストたちへの依頼の際、騙し打ちのような依頼を受けて向かった先で、両腕や両足を失った娼婦を私が買い取り、このアイテムを使いました。結果、皆さんの失われていた足や腕は復活し、体力も一番元気だったころの体力にまで戻りました。さらに言えば、心の破損……と言えば良いのでしょうか。傷ついた心すら多少なりと緩和させることが可能なアイテムです」

「それは……」

「奇跡のポーション」

「おとぎ話じゃ……」

「目の前にあるこの12本がその奇跡のポーションです。これをあなた方、雪の園の皆さんの命を守る為に使って欲しい。あなた方は得難い人達です。これからの未来を生きて欲しいと俺達は願っています。どうか受け取ってください」

「「「―――……」」」



三人は次第に顔を歪め、ナナノとハスノは涙を零して泣き始め、レイスさんは唇を噛みしめると深々と頭を下げた。

暫く言葉はなかった。

三人は肩を揺らし、何かを受け止めるのに必死の様子で……俺も言葉が出なかった。

それでも、レイスさんは声を絞り出すように――……。



「………道具店サルビアに関わる皆さんに……心からの感謝をっ」

「「――ありがとうっ!」」

「また皆で笑い合いたいですからね。きっと彼女もそう思っているはずです。彼女を紹介したいところですが、何分引き籠りでして。あなた方の言葉を彼女に伝えます。でもきっとこう言うでしょうね」

「……なんと?」

「『あなた方のお帰りをお待ちしております』……と、愛する彼女なら言うでしょう」



途端、レイスさんからも涙が溢れ、嗚咽を零して泣き始めてしまった。

ナナノとハスノも同じだ。

両手で顔を覆い、大粒の涙が幾つもテーブルに落ちていく。


誰だって死ぬのは怖い。

死ぬ可能性の方が高い場所へ行くんだ……生きて帰れると言う希望が薄い者から死んでいく……それが冒険者の世界だ。

そこを引き上げる為にも、過剰と言われようともアイテムを渡したことは、きっと意味がある。

雪の園の皆は、必ず生きて帰ってくる。必ず。



「と言う訳ですので、俺の大事な女性はロストテクノロジー持ちではありますが、国の管轄外にいます。彼女もそれを望んでいます。是非、内緒にして頂けると良いのですが」

「内緒にしよう! 此処まで私たちの命を心配してくれる素晴らしい女性だ。この事は墓場にまで持って行こう!」

「私も約束する」

「私も」

「有難うございます!」

「全く……道具店サルビアには毎度驚かされる。良い店主に、良い店員、そして――優しい道具を作る君の愛する女性」

「道具店サルビアは」

「思いやりと優しさで出来ている」

「今後もそうであれるよう、気を引き締める想いです」



そう言って微笑むと、レイスさんは早速『身代わりの華』を装着し、『神々の護符』をナナノとハスノは5枚、他をレイスさんが鞄に入れていた。

きっと残りは朝の露のメンバーと分け合うのだろう。

『エリクサー』も一人二つずつ手に取り、『破損部位修復ポーション』は一人四つを鞄に入れ、涙を拭うと満面の笑みを見せてくれた。



「勝てる気しかしないな。何があろうとも」

「生きて帰ってくる」

「帰りを待ってて欲しい」

「ええ、帰ってきた時は皆さんでちょっと良い紅茶でも飲みましょう。秘蔵の紅茶があるんです」

「それは楽しみだ!」

「紅茶好き」

「楽しみが出来た」

「お菓子も用意してますから、どうぞ、行ってらっしゃいませ!」

「行ってくる!」

「ナナノはチョコレートがいい!」

「ハスノはバタークッキー!」

「ご用意しておきますね!」



こうして、雪の園のメンバーはお店に入ってきた時の表情とは打って変わって、生命力に溢れたと言うべきか、何時もの覇気に戻ったというべきか。

マントを翻して帰宅した彼らの無事を、帰りを、勝利を願った夜だった。

そしてその頃、池鏡の前では――。





◆◆◆



「カイルの好きな女性って、わたくしの事でしたの!?」

「リディアちゃん……何を今さら」

「皆さんにバレバレ状態ですよ? 気が付かなかったのはリディア姉さんだけです」

「ええ、此処にいる私たちも、てっきりお二人は付き合っているのだとばかり」

「らぶらぶね」

「らぶらぶだったわ」

「ひああああああああああ!!」



そんなやり取りがされていることを、俺はまだ知る由も無かった。







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本日も一日三回更新です。

どうぞよろしくお願いします!

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