07

 基本程度、とは言っていたけれど、ミルリにびしばし教えてもらった、普段より長い夕飯を終え、お風呂も済ませたわたしは、勝負下着に身を包んでベッドにもぐりこんでいた。

 勝負下着、といっても、ベビードールほど過激なものではない。ただ、ちょっと、そう、普通の寝巻よりはそりゃあ、露出が高い。

 わたしの住む村にはろくな下着屋がないので、わざわざ近くの大きな町にまで出向いて買ってきたものだ。

 わたしを気に入ってもらえたらお小遣いでも貰えないだろうか、という気持ち半分、貴族相手に使い古した下着はないな、という気持ち半分で買いに行ったのだが、誰かに見せるために買う下着が、こんなにも恥ずかしいものだとは思わなかった。


 いざ着てみたら、買ったとき以上の羞恥が、わたしを支配している。ばくばくと心臓が暴れて、顔が熱い。

 わたしがどんなものを着ていようと、契約は契約で、向こうはわたしを抱くだろう。それは分かっている。

 でも、受け入れられることが絶対だと分かっていても、恥ずかしいものは恥ずかしいし、怖いものは怖いのだ。


 気を落ち着かせるために、ディルミックから貰う純銀貨の使い道を考える。街だと純銀貨は使いにくいから、純銅貨くらいまでに両替してもらおうかな。じゃらじゃら感触を楽しむのもいいし、貯金箱に一枚一枚入れるのもいいな。

 あ、この世界の銀行ってどうなってるんだろう。わたしの村にはそんなものなかったが(そもそも預けるほどの金を持てない)こっちの国ならあるかもしれない。

 小銭をじゃらじゃらさせて、貯金箱の重みを感じるのも好きだし、口座の金額が増えていく通帳を眺めるのも好きだ。


 そんなことを考えて現実逃避していると、バタン、と扉が開閉する音が聞こえた。わたしが、自室から入ってきたのとは反対側の扉。おそらくは、ディルミックの私室につながっているのであろう、扉の方から、音がした。

 足音がする。間違いない、誰か入ってきた。誰かって、ディルミックしかいないだろ。

 布団をめくられて、顔を上げれば、すでに仮面を取っていたディルミックと目が合う。


 え、やば、うそ、顔がいい……。


 突然の高偏差値顔面に、さっきまで考えていたことはすべてすっ飛んだ。

 わたしはお金が好きだ。世界で一番お金が好きだ。

 でも、別にだからと言って人間に興味がないわけじゃないし、ましてやイケメンが嫌いというわけでもない。


 すっぽりと、頭まで布団の中に入っていたからか、ディルミックはわたしがいるとは思わなかったのだろう。

 現実を受け入れられなかったのか、彼はそっと、布団を戻した。

 そして、そっと、覗き込んで確認するように、ゆっくりと再び布団をめくってくる。

 布団を持っていない側の手で、顔を半分隠しながら。


「…………。…………。……ど、どうしているんだ」


 ようやく彼が絞り出したのは、そんな言葉だった。

 どうして。


「夫婦になって、初夜、なので……」


 あと単純に寝る場所がないので。土足文化の世界で、床に寝るとか絶対嫌だぞ。

 わたしの言葉に、再び思考が停止したのか、ディルミックがまた固まる。必死に自分の中で現状を処理しようとしているのが端から見ても分かる。


「こ、ここにいるって、ことは、僕に、僕なんかに、抱かれるってことだぞ。分かってるのか?」


 動揺しているのか、ディルミックの声が震えていた。

 自分以上におたおたしている人間がいると、逆に冷静になれるのは本当らしい。

 わたしの方が先に思考力を取り戻した。


「そりゃあ、まあ、子供はそう作るものですし……」


 わたしがそう言うと、ディルミックは勢いよく掛け布団をはぎ取った。高そうな布団が床へ落ちていく。

 そしてそのまま、わたしの上に、覆いかぶさるように倒れ込んできた。


「僕と、仮面のない僕と、抱かれて、抱いていいって言うのか!? この僕だぞ、この顔だぞ!? 正気か!? こんなに近くに、僕の、みにく……うぅ……こ、この顔が!」


 怒りと興奮でしっちゃかめっちゃかになっているのか、言っていることが支離滅裂である。ただまあ、言わんとしていることは、なんとなく分かる。


「はあ、全然大丈夫です。あ、でも、したことがないので、お手柔らかに……」


 ディルミックは、まだぶつぶつと何か言っていたが、ようやく手を出す気になったらしい。


 初夜は無事に始まった。

 詳細は省くが、あまりにもおっかなびっくりで、都度「本当にいいのか」「僕が触ってもいいのか」と聞いてくるので、貴族相手ということを忘れて、「うるせえ! とっととしろ、意気地なし!」とキレ散らかしてしまったことだけはここに記しておこうと思う。

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