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 ディルミックと王子が会話をしている間、わたしもご令嬢も、口を開かなかった。

 ご令嬢はいくら婚約者と言えど、王族が話しているところに口を挟むのは難しいだろうし、わたしはわたしで、何を話せばいいのか全く分からないので、そのあたりのことは全てディルミックに丸投げだ。


 しかしそれはそれとして。


 ディルミックと王子が会話しているのを伺っているが、やはり穏やかに雑談しているように見える。ここに来るまで、散々嫌な視線を浴びてきたのだ。流石に貴族の常識や表情に疎いわたしでも、王子の表情が周りと何か違うことくらい分かる。


 でも、だからと言って、この王子が信用出来るのかと聞かれれば、その辺は分からない。従者の男はもしかしたら王子に命令されて、わたしに恥をかかせる為にグラスを割ろうとしたのかもしれない。

 いや、恥をかくくらいで済めばいいけれど、変な難癖付けられる可能性だってある。わたしにはあまりピンと来ていないが、このグラスが婚約パーティーで重要な意味を持つアイテムなら、なおさら。


 ううん、でもそれって王子にどんな得があるのかな。まあ、嫌がらせ出来て気分はいいかもしれないが、言ってしまえばそれまでだ。王族がそんな私情でくだらないこと、する? グラベインの国民性からしたら、難癖付けて嫌がらせしたいのなら、ちょっといたずらするくらいじゃあなくて、そもそもパーティーの日付をずらして招待状を送るとかするんじゃないだろうか。


 ディルミックは社交界に出ないし、多分、正しい日付を教えてくれる人、いないだろうし。多分、義叔母様はディルミックが間違っていることに気が付けば教えてくれるかもしれないが、わざわざ確認したりしないだろう。

 今回わたしが「グラベイン文字を覚えたい」なんて言い出さなければ、そもそも義叔母様がカノルーヴァ家にわざわざ来ることはなかっただろうし、ディルミックが間違った日付の招待状を送られた、なんて義叔母様が知ることもなかっただろうし。

 義叔母様はいい人なので、聞けば答えてくれるし、頼めば最後までやりとげてはくれるものの、優しい人ではないので、わざわざこちらを気にかけてくれることはない。


 ――と。


 ディルミックと王子を眺めていたが、心に余裕が出来てきたのか、少し暇だなと思い、視線をずらすと、ご令嬢の方と目が合ってしまった。

 先ほどまでディルミックを嫌悪感たっぷりの目で見ていたが、わたしのことは虫けらでも見つけたかのように冷たい目で見ていた。グラベイン貴族こわ。


 まあ、他国の平民が、貴族の社交の場にこうしてのこのこ出てくるのはいい気分じゃないだろうけども。でも、貴族って表情を上手く操って一人前なんじゃないの? わたしは義叔母様にそう教わったんだが。

 ここで笑い返すのも嫌味になるかと思って、わたしは表情を崩さず、視線をディルミック達に戻した。

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