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視線を戻すと、わたしはふと気が付く。
あれ。
ディルミック、怒って……る?
貴族の表情は分からないが、嫁いでおおよそ三か月、毎日一緒にいたディルミックの感情は、仮面を付けていてもなんとなく分かる。
でも、怒って見えたのは一瞬だった。王子に何を言われたんだろう。全然話聞いてなかった。
正直に言えば、わたしに話を振られないだろうと思って、興味がなくなっていたのだ。
グラスの件が無事許されたわたしはちょっと気が抜けていて、自分に話しかけられているのでもなく、聞いてお金になるわけでもない話を聞く気にはなれなかった。いや、ほっとしすぎて、話を聞かなきゃ、という意識自体、どこかへすっとんでいってしまったというのが正しいか。
危ない危ない。もし急に話しかけられたとして、先ほどやらかした王族相手に「すみません聞いてませんでした」とか絶対に言えない。
わたしは慌てて意識を彼らの会話に向けるが、もう会話は終わる頃の様だ。
「それでは、ディルミック。機会があれば、また話そう」
「ええ、機会があれば、またいずれ」
いや、マジでなんの話してたんだ。ディルミック側の『機会があれば』は社交辞令で、次なんてない、と言いたげな声音だったが、王子はどうやら本気で『機会があれば』と言っているように、わたしには聞こえた。この国にも、ディルミックを気にかけてくれる人がいたのか……本当に?
なんだか胡散臭さのようなものも感じるが。王子から嘘っぽさは感じないが、ディルミックから聞いていた、彼の扱いの話を聞くと、どうにも王子を信じがたい。
王子が過ぎ去ると、やはり少しだけ、ディルミックが怒っているような気がしてならなかった。いや、これは怒っているというよりは、不機嫌、だろうか。
王子との会話で何かあったのか、それとも、わたしがグラスでやらかしたから怒っているのか。
確かにディルミックはわたしに貴族としての振る舞いは期待しない、って言っていたけど、それを分かっていてもわたしはさっきのを『やらかした』としか思えないし。
わたしは、高そうな食器割らなくてよかった! としか思わなかったが、ディルミックはもっと別に、あれこれ考えていたに違いない。
王子の不興を買ったらどうしよう、とか、他の貴族に目を付けられたらどうしよう、とか。いや、普通はそっちの方を考えるか。我ながら、グラスの弁償にしか意識がいかないとは、笑ってしまう。
ディルミックに謝りたい。礼を言いたい。そして何より、帰りたい。
早くパーティーが終わらないだろうかと、心の底から願った。
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