58.5

「それにしても、会うのは久々だな。兄上の婚約パーティー以来か?」


 その美しい顔面に笑みを浮かべ、輝かしいと表現したくなる男――テルセドリッド第三王子。

 僕はこの男が嫌いだった。


「ええ、そのくらいになると思います。お久しぶりですね」


 今、このときだけは、仮面を付けていてよかったと思う。声さえ繕っておけば、表情を作る必要がない。


 グラベイン王国の第一王子は、徹底的に醜いものを嫌い、妻となる令嬢も、見た目の美しさだけで決め、王族の配偶者にしては異例の、子爵令嬢を娶った。彼の婚約パーティーは嫌がらせ三昧で、本当に大変だった。


 第二王子は、中立派。醜いものは醜いし、どちらかと言えば好ましくないとは思っているが、だからといって表立った差別はしない。そういうお人だ。


 そして――この第三王子は、美醜に関して寛容を、と、差別を撲滅するために動いている、平和主義者だ。

 世界的には美醜による差別をなくそう、という動きはあるものの、グラベインではなかなか受け入れられないその考え。王族だからこそ表立って敵対する相手は多くないが、活動の成果は思わしくない。

 それでもなお、やめようとしない。


 だからこそ、僕は彼が嫌いだ。


 王子の中で、どころか、国一番の美しさとも言われる容姿を持つ男。そんな男が、僕を、僕たちのような人間を救いたいと手を差し伸べてくるのだ。


 笑わせてくれる。


 確かに僕は醜いし、僕なんかを愛する人間が、そういるわけもない。でも、こんな僕にだって、プライドというものくらい、あるのだ。

 どれだけ醜いと嗤われ、後ろ指を指され、あることないこと噂にされようとも。

 これだけ『持っている』人間に、施しをうけて、何も思わないわけがない。悔しくないわけがない。


 隣にいる令嬢の様に、嫌悪を持ってくれたほうがずっといい。平和主義者の第三王子にしては意外な人選だったが、王族であるし、十中八九彼が選んだ令嬢ではないだろう。

 元より貴族令嬢は、醜い夫に似た子供を産むと生活が大変になるので、醜いものを嫌うように幼い頃から教育される傾向がある。

 だからこそ、僕が全ての令嬢に縁談を断られてしまったわけだが。

 もしかしたら、これは、「差別的な思想を持つ令嬢を妻にしてその考えを聞き、今一度、差別撲滅運動を考え直せ」という周りからの圧力かもしれない。

 まあ、この男なら、その程度でくじけることはないだろうが。


 失脚すればいいのに、と心の片隅で思いながらも、それを口には出来ない。それをしたら、こちらの首が飛んでしまうことくらい、想像に難くない。

 だからこそ、こうして、あたりさわりない会話を続けるしかないのだ。


「それにしても、今度の結婚は上手くいったようで安心したぞ。共に出席してくれるということは、前よりは仲良くやれているんだろう? 流石に四度も結婚に失敗すると大変だもんなあ」


「……ええ、それなりに」


 反応するな、怒りを押し殺せ。この男は、神経を逆なでしようとして言葉を選んでいるわけじゃない。本当によかったと、心から思っているのだ。


「隣国の平民だと聞いていたからどんなものかと思ったが、なかなか反射神経のいい女だな」


 王子は、ちらっとロディナを見た。くそ、彼女を見るな。彼女がこいつに惚れたらどうするんだ。ロディナは男より金が好きな女だが、王子レベルの美貌なら惚れてもおかしくはない。

 ……。

 ……いや、本当にそうか? 彼女のことだから、王子相手でも「ディルミック以上の金額を提示してもらわないと、ちょっと……ないですね」とか言いそうなものだが。

 どうしてだろう、王子に惚れて顔を赤くする彼女より、そちらの彼女の方が簡単に想像出来る。このテルセドリッド王子相手なのに。


「彼女のこともいろいろ聞きたいし、また、貴公と話がしたい。私の活動についても意見を聞かせて欲しいんだ。――それでは、ディルミック。機会があれば、また話そう」


「ええ、機会があれば、またいずれ」


 そんな機会、来るなと思いながら、僕は王子を見送った。

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