59
王子の挨拶が終わり、彼らのダンスを見て、ぱたぱたと慌ただしく立食パーティーの準備がされる中、わたしたちは帰路についていた。
気まずい空気にならないよう、わたしは馬車が動き出してすぐ、ディルミックに謝罪した。
「あ、の……失敗しちゃって、すみませんでした」
無事に終わったと言えばそうかもしれないが、完全に何もなかったわけじゃない。グラスは割れなかったかもしれないが、不用意に嫌な注目を浴びたのは事実だ。
「いや、気にしなくていい。むしろよくやった方だと思う。来てくれて、助かった」
意外にも、ディルミックはあっさりとそんな言葉を返した。声は繕っていないように聞こえる。王子と話していたとき、不機嫌そうに見えたのは、気のせいだったのだろうか。
「王宮に務める使用人は、最下層の下働き以外は皆貴族家出身だ。君のグラスを受け取らなかったあの従者の男もそうだ。たしか彼は――トーリング男爵家の四男だったか」
覚えてるんだ、貴族の顔。いや、でもそうか。普通の貴族だったら、覚えてるもんなのか。貴族家自体が二十しかないのだから、覚えようと思ったら覚えられるのかもしれない。――普通の、貴族だったら。
「トーリング家は爵位こそ低いが、歴史ある貴族だ。……おそらくは、君があの場にいたのが気に食わなかったんだろう。でも、己の仕事を全う出来ない奴のことなんか、気にしなくていい」
そうは言うものの、あまり釈然としない。マルルセーヌにいたころは、ああいう、分かりやすい悪意みたいなものに遭遇することが滅多になかったので、驚いてしまっただけだろうか。前世では割とよくあることだったんだけど。
「もしかして、ドリンクも嫌がらせだったり……」
「――何か変な味がしたのか?」
わたしはディルミックに、びっくりするほど渡されたドリンクが甘ったるかった話をした。思わずむせそうになったことは恥ずかしいので内緒だが。
しかし、ディルミックは何でもないように、「ロディナはスウィンベリーを食べたことないのか?」と言われた。もしかしてあれが標準の味……? 嘘……。
「その、何とかベリーっていうのは食べたことがないと思います。変に疑っちゃってすみません……」
「いや、何かあってからじゃ遅いからな、素直に言ってくれていい。スウィンベリーはグラベイン王国特産の果物だ」
ディルミックの説明曰く。
スウィンベリーとは、木になる果物らしく、グラベイン王国の特産品で、かつ、グラベインでは縁起物として扱われているらしい。
なんでも、スウィンベリーは一度実を付けると、毎年必ず同じ時期に実を付けるようになり、そしてかなり長く生きる木でもあることから、子宝に恵まれ、食べることに困らず長生きできる、と結婚式等でふるまわれる果物らしい。新婚さんに渡すプレゼントとしても人気なのだとか。
何より面白いのが、年を重ねるごとに実る果実が甘くなっていく特徴があるそうだ。
「王家の婚約パーティーで使うスウィンベリーは建国当初からある、王宮敷地内に植わっている物を使うからな。相当甘いぞ」
「建国当初っていうと……」
「千年と少し前か」
樹齢千年か……すごいな。確かにそれだと、植わった当初の千倍くらいの甘さになっているということで。それは甘いわ。
「今はもうジュースにするなら、若いスウィンベリーと混ぜて使わないと、とてもじゃないが飲めないくらい甘いぞ。水で割れればいいんだろうが、なにせ縁起物だからな……」
確かに、それなら『水をさす』とかなんとか、縁起が悪い、と言われそうだ。
「初めて飲むのが王家で出されるジュースなら、確かに相当甘く感じるだろうな」
まあ、でも確かに、色から勝手に酸味のあるジュースだと想像したのはわたしなので、飲み干せた以上あれが正しい味なのだろう。
普通の、適切な甘さのスウィンベリーを食べてみたいな、なんて思っていると……。
――くるるる……。
わたしのお腹が、鳴った。
こんなんばかりか、わたしのお腹!? タイミングを考えてくれ!
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