04

 案内されたとある一室は、別館にあった。ミルリからは特別、別館だという説明は受けていないが、渡り廊下を歩いたし、先ほどの応接室と思われる部屋がある屋敷のがでかい。本館らしき屋敷の方が大きいだけで、こちらも十二分なサイズをしているが。

 別館の案内も軽く受けたが、一階に厨房と食堂、使用人室があり、二階にはわたしの私室となる部屋とディルミックの私室、そして夫婦の寝室があるそうだ。


 なんというか、当主夫婦専用の館、と言えば聞こえはいいかもしれないが、体よく追い出されているだけのような気もする。

 もし、わたしが当初想定していたよりもディルミックが嫌われ者だったとするならば、彼のために館を建てるほど、本館で生活してほしくなかった、という風に暗に言っているような館に見えた。


 わたしの母国も、この国同様の美醜観ではあったものの、外見による差別はなかった。とりわけ、わたしが生まれ育った村は平和だったので、少しうすら寒いものを感じる。

 別館に案内されてから、ひしひしと『人の悪意』のようなものを感じ取ってしまって、ちょっと気分が悪い。


「奥様のお部屋はこちらに。廊下の行き当たりにあるのが旦那様のお部屋で、中央の部屋が寝室となります。水回りの設備もお部屋にございますので」


 わたしの部屋は、階段上がってすぐの扉の先にあるらしい。階段上がってすぐ、と言っても、広い屋敷なので、それなりに距離はあるが。

 ミルリが部屋の扉を開け、わたし達は中へと入る。

 中にはテーブルとイスが一脚。部屋の面積が広いにも関わらず、ただ最低限の家具だけがぽつんと置かれているので、余計に広く感じる。

 本当に最低限の家具。歓迎されてないのだろうか。

 やっぱり金で釣られるような女、すぐにいなくなるとでも思われているのかな。


「必要な家具があれば、別途ご購入ください」


「そのお金はどこから? わたしの自腹かしら」


「まさか! 言っていただければこちらで用意させていただきます」


 ……やっぱり、お金はいちいちどこから出るのか確認したくなっちゃうよね。ミルリの反応を見るに、今回は自分でお金を払わなくてよさそうだ。


「……この扉は?」


 クローゼットに繋がる扉とは別に、一枚の扉が備え付けられてあった。不思議なことに、こちらから鍵をかけられるようになっている。

 普通、鍵をかける扉が、廊下へつながるもの以外で室内にあるのなら、鍵穴が見えているものだと思うんだけど。トイレでもあるまいに。こちらから鍵をかけるのであれば、水回りへとつながる扉でもないだろう。


「そちらの扉は寝室へと繋がっています」


「ふうん……? なんで鍵ついてるの?」


 寝室へ直で行ける扉があるのは便利だが、鍵が付く必要はあるのだあろうか?


「え……っと、それは……」


 わたしは単純に、気になる、という気持ちだけで質問したのだが、ミルリにとっては答えにくい質問だったようだ。言葉を探している。


「必要なくない?」


 別にわたしは夫婦間で見られて困るようなものを部屋に置くつもりはない。というか国境を越えての引っ越しとか、お金がかかるので、自分で運べる荷物しか持って来ていない。現状、物自体が少ないのだ。

 これから貰う予定の純銀貨五枚を入れる金庫を置く予定ではあるが、金庫そのものに鍵がかかっているし、そもそも純銀貨五枚を盗まなければいけないほどの人間じゃないだろう、ディルミックは。


「奥様が……必要ないとおっしゃるのなら、鍵は外します……けれど……」


 本気で言っているのか? 大丈夫? 正気? ……そんな視線を、ミルリから感じる。

 しかし、待ってみてもわたしが何も言い返さないのを見て「ではそのように」と軽く頭を下げた。

 この鍵が、夫婦の営みを拒否したいときに使うものだとわたしが知るのは、ずっと後のことである。

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