03
ディルミックが出て行ってから、わたしも後を追うように部屋から出る。
すると、扉のすぐ隣に、一人のメイドが立っていた。褐色肌の人間が多いグラベイン王国には珍しい、白い肌の女性。あごより少し上でまっすぐに切りそろえられた髪は濃い赤色で、肌との差が相まって妙にくっきりと目立っていた。
「ミルリと申します。奥様つきのメイドとなりますので、何かお困りのことがありましたら、わたくしになんなりと」
すん、と無表情のまま挨拶とお辞儀をされた。仕事人間なのか、それともクールな性格なのかは分からないが、少し冷たい印象を受ける人だ。
「あ、えっと……奥様、というのは……」
先ほどサインして婚姻の運びとはなったが、少なくとも今まで『奥様』だなんて呼ぶ人も、呼ばれる人もいない環境で過ごしたので、なんだかちょっとむず痒い。
わたしはお金欲しさにサインしたというだけなのに、なんだかとても偉くなってしまったように感じる。まあ、実際、使用人からしたら、雇用主の奥さんなんて偉い人に見えるのだろうが。
「ああ、お嫌でしたら、ロディナ様とお呼びしますが」
そりゃ、あんな男の妻だなんて呼ばれたくないわよね。
表情こそ、たいした変化があるわけではなかったが、彼女の態度から、そう言われているような気がした。
……もしかしたら、ディルミックはわたしが想像しているより嫌われているのだろうか。
正直、国中のご令嬢から縁談を断られたとか、バツが三つもついているとか、そういう噂を初めて聞いたときは話を盛りすぎでしょ、と思ったし、それが事実と知ったとしても、他の噂はインパクトある事実に尾びれとしてついた悪意だろうと思っていた。
だって、出席した夜会で、顔を見て失神された、とか、ハ? って感じだし。
前世にも、そりゃあ顔がいい人間がいればその反対もいたわけで、でもそう言う人を見て、不細工だなって思ったとしても、気絶なんかはしなかった。
しかも、人の評価なんて曖昧なものだ。わたしが(酷い言い方になってしまうが)救いようのない不細工だと思って嫌悪感を抱いたとしても、他の人はそう思わないこともある。
だから、皆が皆、一人の人物を同じように醜いと思い、失神するなんて、ありえない話だと思っていたのだが。
「ちょっとびっくりしたというか、慣れないだけよ。平民だもの。好きに呼んでくれていいわ」
わたしがそう言うと、彼女の表情が少し変化した。仕事中だからと作っていたのだろう表情が崩れるほどの驚きだったのか。
とはいえ、そこはプロ。彼女はすぐに、また無表情に戻った。
「……承知いたしました。それでは、引き続き奥様、と呼ばせていただきます」
ミルリは軽くお辞儀をすると、「それでは奥様の私室となる部屋までご案内させていただきます」と言った。
お金につられて、思ったよりも大変な男の元へに嫁いできてしまったらしい。
まあ、純銀貨五枚も貰ったんだもの! 後悔はないわ。
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