02
――この世界の『美しい』が、前世と少しとずれているのは、理解していた。
女性に対しての基準は曖昧だったが、男性に対しての基準は、やけにはっきりしている。
それもそのはず。『絶対的な美』とされる男がいて、『美しい』の基準はその人物から決められているのだから。
髪と目の色は暗いほどよく、目は一重で細長く、顔は平たい方が格好いい。身長は、女よりは高いけれど、さほど差がない方が好まれ、体系は少し細い方がいい。
そう、一般的なこれと言って特徴のない日本男児の平均値のような姿が、この世界における、理想の男の『美しい』であった。
女性に対しては大体二パターンで、豊満で美しい髪を持っているか、幼げな顔立ちで胸は平らか。両極端ではあるが、大体この二種類に分けられる。
それがどうしてか、と言われれば、かつてこの世界を魔王の手から救ったとされる英雄と仲間がそんな見た目をしていた、という記録が残っているため、それを『美しい』としているのだ。
確かにその観点からいけば、目の前に座るディルミック=カノルーヴァは、その『美しい』の基準から離れている。しかしだからと言ってここまでの噂が流れるほどのものなのだろうか。
「外にメイドを待たせている。ここでの生活は彼女に聞け」
そう言って彼は再び仮面をつけ、立ち上がる。その手には先ほどのわたしが名前をサインした契約書。彼は、もうどこかへと行ってしまうらしい。
「あの!」
その前に、と、わたしも席を上ち、声をかける。
ディルミック=カノルーヴァは返事こそしなかったが、立ち止まってこちらを見た。話を聞くつもりはあるらしい。
「わたしは貴方のことをなんと呼べば?」
お貴族様なのだからディルミック様とかでいいんだろうか。わたしもカノルーヴァの家名が付くようになるわけだし、カノルーヴァ様がおかしいのは分かる。
許可なくいきなり名前は馴れ馴れしすぎるように思うが、かといっていちいちフルネームで呼ぶのも他人行儀すぎる。
「……好きに呼べ」
少し考えた素振りを見せたディルミック=カノルーヴァだったが、これといって案がなかったらしい。何でもいいとは、それはそれで困るな。
「ええと、ちなみに、前の奥さんらはなんと?」
「一人目は領主様、二人目は影で醜男、三人目は一日で逃げたからそもそも呼ばれていない」
想像以上に酷かった。二人目、三人目は論外にしても、領主様って言うのもなあ。家族になるから、というのもあるが、そもそもわたしはここの領地出身じゃないし。
「では、遠慮なくディルミックと。あ、必要なら様くらいはつけ、ます、けど……」
好きに呼べ、と許可を貰ったので、あれこれ考えるのも面倒になったことだし、呼び捨てを提案したのだが。
仮面越しで、彼の表情も分からないのに、驚愕している雰囲気がひしひしと伝わってくる。
「え、呼び捨てはまずいですか?」
「……僕の名前を呼ぼうとするなんて、君はよほど金が好きだと見える」
「はあ……まあ、お金は大好きですけど……?」
なんでそこでお金につながるんだろう、と思わずきょとんとしてしまう。
え、なに、まさか、名前を呼ぶことすら嫌がられるほど周りから嫌われてるの……?
それともやっぱり旦那様とか、そう言った呼び方がいいんだろうか。ちょっと使用人っぽいけど、辺境伯と平民で身分差があるわけだし、おかしくもないか?
「勝手にしろ。好きに呼べと許可したのは僕だ」
そう言って、今度こそ彼――ディルミックは部屋を出て行ってしまった。
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