05

 わたしに部屋を案内すると、夕食の時間を告げ、ミルリはしずしずと部屋を出て行った。

 そうか、今日からもう、自分でご飯を作らなくていいんだ。

 毎日献立に悩むことがなくなる、というのは素晴らしいことのように思えたが、すぐにつまらなくなりそうだ。


 実際、わたしはここにいること、子供を産むことの二点を義務づけられているだけで、他に何をしろとは言われていない。暇を持て余すのは目に見えている。

 まあ、辺境伯領から出るな、という契約ではあったが、この屋敷の敷地から出るな、という契約ではないので多少の外出はできるはず。ミルリも一緒なら、街に行けないだろうか。


 後で時間が合うときにディルミックに聞こう、と思い、わたしは部屋を散策することにした。

 といっても、この部屋にはさして探索するような場所はない。ぐるりと一周、その場で周ってみるだけですべて見渡せてしまう。


「となると、やっぱり水回りよね」


 扉を開けると右手すぐにある扉。そこが水回りにつながる扉らしい。

 その扉を開けると真っ先にに洗面台と大きな鏡が目に入る。絢爛豪華、とはいかないが、質が良く高級そうなのが分かる。下手な装飾がない分、設置されている物の高級感がありありと見て取れる。


 洗面所の左側にはトイレ、右側にはお風呂に、それぞれつづく扉があった。


 トイレはとてもありがたいことに水洗だ。

 わたしの住んでいた村では、公共のトイレは水洗だったが、個人の家で使われているのはいまだに汲み取り式だった。わたしの家も例外ではない。

 日本の現代人としての記憶があるわたしとしては、本当につらい日々だった。


 お風呂もお風呂で、かなり広い。二、三人は一度に入れそうだ。一人で使うんだけど。毎日入れるんだろうか、これ。いや、入っていいよな?

 契約書にお風呂は週何日まで、なんて書いていなかったし。ちなみにわたしの元住んでいた家にお風呂はあったが、足がのばせないくらいの小さな風呂で、水をくむのも温めるのも大変だったので、週末にご褒美として入るくらいで、普段は行水だった。


 ここで生活するのが俄然、楽しみになってきた。純銀貨五枚というのも魅力的だったが、この設備の中生活できるのも、なかなかの好条件じゃないか。

 結婚の話を持ち掛けられたときは、どうなることやら、と思っていたが(まあもとより純銀貨五枚が魅力的すぎて後悔しないとは思っていた)、今のところわたしにデメリットはない。


「後は――」


 水回りから出ると、謎の鍵が付いた扉が目に入る。


 夫婦の寝室。


 今は夜じゃないけれど、夫婦の、ということはわたしにも所有権があるわけで、部屋に入ったところで怒られないだろう。

 しかし、ガチャっとそのまま開けて堂々と入る勇気はちょっとなかった。

 扉をノックして、反応を待つ。当然、返事はなかったが。

 そりゃそうか。まだ夕方だし、寝るには早い。


「お邪魔しまーす……」


 わたしはそっと扉を開け、中を覗く。

 すると、中には天蓋付きのベッドが、部屋のど真ん中に置かれていた。しかもサイズはおそらくキングサイズ。

 おとぎ話か、庶民には気軽に手が出せないような高級ホテルにしかないようなそのベッドに、わたしのテンションは一気に上がる。


 誰もいないことを確認すると、わたしはベッドの上にそっと座った。既にベッドメイキングが終わっているようなので、ベッドダイブは流石に控える。

 ちょうどいいスプリングに、高級感しかない。

 今日からここで寝られるとか最高か?


「あ、いや、でも、うん、大丈夫、分かってるよ、夫婦だもんね、そう、『寝る』よね」


 誰に弁明をする訳でもなく、わたしは宙で手を振りながら言った。

 前世でも今でも、したことはないんだけど、まあ、向こうはお貴族様でバツ3だし、やり方とか、分かるでしょ。任せて大丈夫でしょ。

 そういう教育とか、あるんじゃないの。知らんけど。

 世継ぎを残すのも貴族の仕事なんでしょ。知らんけど。


「大丈夫……大丈夫だよな?」


 仮に噂の通りの嫌われぶりだとしても、やり方くらい……知ってる、よね……?

 え、なんか不安になってきた。わたしにリードしろとか言われても絶対無理だぞ。


「勝負下着、用意しとくべきか……?」


 現状、わたしにできるのはそのくらいである。一応、と、こっちに来る前に買ってきた新品の下着、役に立つといいんだけど。

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