06

 ミルリに夕食だと呼ばれ、一階の食堂に案内されると、そこにはポツンと、一人分の食事だけが用意されていた。

 今まで、ディルミックだけが使っていたのであろうそのテーブルは、一人分にしては大きく、少なくとも六人掛けのサイズをしている。

 それなのに、たった一人分だけ。

 わたしは椅子に座り、目の前の食事を見る。


 グラベイン料理に詳しいわけではないが、手が込んでいるものだとは、一目で分かる。少なくとも、わたしが平民だからといって、妥協している様子は見られない。

 ……なるほど、これはわたしのテーブルマナーが試されている……?

 ディルミックはわたしに、貴族としてのふるまいは期待していない、と確かに言った。

 けれども、彼の隣に妻として立つのであれば、最低限は学んで見せろ、ということか。

 ……少なくとも、わたしがテーブルマナーが出来ていない人間だから、一緒に食べたくない、と思っていてほしいな。金で買った女だから、そんな義理はないとか、それはさみしすぎる。

 金に釣られた女がどの口で言うんだって話だけども!


「ねえ、ミルリ。テーブルマナー、教えてくれる?」


 わたしは後ろに控えたミルリに声をかけた。自国のテーブルマナーを学んでいないので、グラベイン式を吸収するのに時間はかからないだろう。こういうのは、下手に下地ができている方が、習得に難航するものだ。


「ディルミックと一緒にご飯が食べられるくらいに、びしばし鍛えて欲しいの」


 そういうと、彼女の無表情がまた固まった。何かまずいことでも言ったのだろうか。


「ミルリ?」


「……いえ、なんでも」


 わたしが名前を呼ぶと、彼女は少しだけ、視線をそらした。

 あからさまに、何かを隠している。


「……ディルミックは、金で買った女とはご飯を一緒に食べてくれなそうなの?」


「いえ! まさか、そんな」


「いいの、お金で買われたのは事実だし、わたしも納得してのことだもの」


 それはそれでさみしいけれど、貴族としての振る舞いを気にしなくていいのなら、使用人とご飯を食べられるくらいの仲になればいいのだ。

 この食堂で、一人ご飯を食べるのは、流石にさみしすぎる。

 しかし、ミルリは「違うのです」と首を緩く、横に振った。


「その……叱責を恐れず言わせていただきますが……。……旦那様と共に食事をしたいとおっしゃった方は、初めてなので、驚いてしまっただけです」


 その言葉に、わたしは彼の顔が、周りから嫌われていることを思い出した。

 そうか、ご飯食べるときは仮面取らないとだもんな。あの仮面、顔全体を隠すタイプのものだったし。

 ううん、いや、でも、確かにあの顔とご飯を食べるのは緊張するな。イケメンが目の前でご飯を食べていたら、こっちが粗相をしていないか気になって、味が分からなくなるかもしれない。


 あ、他からしたら逆なのか。

 醜いものを見ながらだと箸(この世界だとフォークとナイフか?)が進まない、ということか。

 前世の記憶と性格、価値観がしっかり受け継がれているからか、どうにもこの世界に馴染めないときがたまにある。

 あんな顔面国宝みたいな男をさす言葉が醜男だものな。わけわかんねえわ異世界。


「……わたくしでよろしければお教えしますが、本格的に学びたいのであれば、教師を旦那様にお願いしたほうがよろしいかと」


 言葉の端々に、ディルミックに話しかけたくないから、どうしてもというならお前から話せよ、という声が見え隠れしている。


「それはディルミックの前で披露してから、また考えるわ」


 そう言って、わたしはいただきます、と手を合わせた。前世の癖で。

 ミルリからいきなり指導が入ったのは、言うまでもない。

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