75.5
「――――」
誰かに呼ばれた気がして、少しだけ、意識が浮上する。誰だろうか。
誰だ、と聞いたつもりだったが、口がまごついて言葉にならない。眠さで口も瞼も、まともに動かないのだ。
ただ、肩を揺さぶられれば、体は動かずとも、だんだんと意識は覚醒していくもので。
誰が僕を起こしているのか、と疑問に思った瞬間、目が覚めた。
がばり、と起き上がると、ベッドにロディナが腰かけている。
「おはようございます、ディルミック」
笑いながら挨拶をする彼女に、僕の思考は止まる。先ほど覚醒したばかりのはずなのに。あれ、なんで、ロディナが……、
え、あ、僕、今、ロディナに起こされたか!?
寝顔や寝起きの顔など、醜い僕が輪にかけて見られたくないものだったのに。
早く仮面を、と寝ぼけた頭で枕もとを探るが、そんなもの、ありはしない。私室で仮面を外してから寝室に来ているのだから。相当に寝ぼけている。普段手放さずに持っているから、つい身近な場所を探してしまった。
寝起きの顔で、慌てながら、寝ぼけてありもしないものを探す僕を、ロディナは笑うわけでもなく、すっと、ただティーカップを差し出してきた。
ティーカップ? 何故?
ただでさえ頭がまわっていないのに、そんなことをされると余計に混乱する。
ただ、ティーカップには中身が入っているので、こぼさないように、と、思わず受け取ってしまった。
「モーニングティーです。まあ、正確にはもどきですけど。折角淹れたので、どうぞ飲んでください」
そして落ち着いてください、とロディナはうっすらとほほ笑んだ。
ティーカップには、ミルクティーが入っている。淹れたてなのか、湯気が立っていて、とてもいい香りがする。
よくわからないまま、そのミルクティーを一口飲んだ。流石マルルセーヌ人、お茶を淹れるのが上手い。
ごくり、とそのミルクティーを飲み込んでから、頭が覚醒したのか、毒見のことを思い出した。
……まあ、いいか。
ロディナのことだ、僕を殺そうとはしないだろう。彼女が不在の間に別の誰かが茶葉等に仕込んだ可能性はあるが、もしそうなら彼女が先にやられる可能性のが高いだろうし、なにより、最期にこのお茶を飲んで死ぬのも悪くないと、少しだけ思ってしまった。
勿論、跡継ぎがいないし、まだまだ領主としての仕事があるので、こんなところであっさり殺されるわけにはいかないのだが、一瞬、そんなことを思ってしまうほどには、今がとてつもなく幸せだった。
一口、二口、と飲むと、目が冴え、落ち着きも多少、戻ってくる。
「目、覚めました?」
「ああ。……寝過ごして、悪かった」
醜男の寝起き姿なんて、こんな酷いを見せて、という意味で言ったのだが、ロディナはよく分かっていなさそうな顔をした。
「朝早くから何か仕事があったんですか?」
「いや、今日は午前は休みだ。午後に書類が少し、あるだけだが……」
「じゃあ、もう少しゆっくり出来ますね。おかわりいりますか?」
それはあまりにも魅力的な誘いだった。本当ならば、とっとと起きて身支度を整えなければいけない。少しでもマシな見た目になるために。
でも、ここまで見られたのなら、今更か?
誰にでもなく、僕は脳内でそう言い訳し、ロディナにおかわりを頼んだのだった。
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