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 未だに夢の中なのか、寝ぼけている様子のディルミックは、ちゅ、とわざとらしい音をたてながら、わたしの頬にキスをしてきた。キスと言うか、吸い付いてくるというか。


「わ、ちょっと、ま、待って……。待って!」


 頬、目じり、口元、唇に――首。

 ちゅう、と吸い付くようなキスに、わたしはろくに身じろぐことも出来ない。

 別に、されるのが嫌ってわけじゃない。


 でも、こんなにも急に迫られるといっぱいいっぱいというか!


 初夜に比べれば許可を取らなくなったディルミックだったが、かといってそこまで自由に、積極的に来るわけでもなくて。言葉にしないだけで、こちらの様子を伺ってばかりなのはあまり変わらない。


 そんなディルミックが、自分の思うように求めてくるというのは本当に珍しくて。心の準備が出来てないんですよ! 困りますよ!

 頭の中でそんな風に茶化して見ても、ディルミックが一つキスをするたびに、そんな余裕もなくなっていく。


 くすぐったさはいつの間にか気持ちよさに変わっていて、「抵抗しよう」という考えを簡単に奪い去っていった。


「ぅ……ん、ディ、ル、ミック……。――い、いやちょっと待って、本当に待って!」


 ディルミックのキスに夢中になってしまったが、ハッと我に返る。

 ディルミックはソファーの上で仮眠をしていて。寝そべっていた体勢からほとんど変わらず、上体を起こしてわたしにキスをしている。


 今はいつもと違ってベッドの上じゃない。キスをされるがままに、重心が傾いていったら――。


「う、わ」


 ――ドッ、ゴチン!


『~~~~~~!』


 わたしたちは声にならない叫び声を上げた。

 後頭部と額に痛みが走る。ディルミックの部屋に敷かれた絨毯はふかふかなので、思ったより後頭部は痛くないが、問題は額だ。

 わたしはバランスを崩し、ディルミックはソファからずり落ち。その衝撃でディルミックと額を思い切りぶつけてしまったのである。


 ディルミックも片手を床につき、わたしを押し倒したような体制のまま、もう片方の手で額を抑えている。

 先ほどまであった甘い雰囲気は一瞬にして霧散した。


「もう、もう! ディルミックったら!」


 恥ずかしさも相まって、わたしは思わず叫んだ。「すまない」という小さな声がディルミックの方から聞こえてくる。随分とひきつっている。彼も彼で相当痛かったらしい。


「ね、寝ぼけた……。許可もなく、好き勝手してすまなかった」


「そういうのいいですから! ちゃんとベッドで寝なさい!」


「す、すまない……」


 わたしが少しきつめに言うと、今度こそディルミックは立ち上がり、ふらふらと洗面台の方へと歩いて行った。

 大丈夫か、あれ……。

 心配になって洗面台の方へ声をかける。


「大丈夫ですか? なんか手伝えることあります?」


「いや、大丈夫だ……」


 疲れ切った声ではあったが、今にも寝そうだとか、そんなことはない。意識がハッキリしている。流石にもう寝落ちの心配はないだろう。


「じゃあ、先にベッド戻ってますけど……ちゃんとベッドに来てくださいね! お仕事戻っちゃ駄目ですよ!」


「分かっている。流石にもう寝るさ」


 その言葉を信じて、わたしはディルミックの部屋を後にする。

 しかし、あんなになるまで働かないといけないなんて、お貴族様も大変だな……。

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