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寝室からディルミックへの部屋へと繋がる扉をわたしはガンガンと叩いた。
「ディルミックー、ねーまーしょー」
小学生の子供よろしく、あの独特な掛け声でディルミックを呼ぶ。
結婚式まであと三か月。最近のディルミックは妙に働き詰めだった。わたしは貴族の仕事に詳しくないからあまり口を出さないようにしよう、と思っていたけれど、どうにも最近ベッドでちゃんと寝ていないようなのだ。
夜の営みがない日はわたしが先に寝て後に起きる、なんてことが珍しくないため最初は全く気が付かなかった。でも、数日前、「あれもしかしてこっちに来て寝てない……?」とようやく夜寝た時と代り映えしない、ディルミックのベッドスペースを見て気が付いた。
しかも妙に疲れた顔をしているのであれば、それはもはや確定である。
うっすらとクマの出来た顔を見てしまえば、さみしいとか以前に体調が心配になる。
というかそもそもディルミックの『休日』って見たことがないんだよな。
普段から部屋にこもっていて、たまに声を声をかけにいけば大体何か書類を書いている。えっ、わたしが休日のディルミックを見たことがないだけで、休日がないとかいわないよな?
「ディルミックー? 開けちゃいますよー?」
夫婦の間柄でもプライバシーというものはあるので、あんまりこうして勝手にこの扉を開けたくないのだが、今回ばかりはしかたあるまい。しっかり睡眠を取らない方が悪いのだ。一日二日くらいならまだしも、ここ一週間くらいは寝れていないんじゃないだろうか。
扉を開けると、すぐに見えるディルミックの机には誰も座っていなかった。机の上は書類が散乱しているようだが……。まあ流石に内容までは見ない。ある程度グラベイン文字が身についてきていて、大体の単語は拾えるようになって、文章はまだ怪しいとはいえ勝手に見るのは駄目だろう。
体は入らず、頭だけ突っ込んできょろきょろしていると、ソファーに仰向けで寝そべっているディルミックが目に入った。
照明はつけっぱなしで、片腕で目をふさいでいるような姿勢。しかも服装は寝巻ではない、となれば……。
「あ、こら! ディルミック、ちゃんと寝ないと駄目ですよ!」
これはもう仮眠だろう。
わたしはディルミックに近付き、肩を揺さぶる。
「ほら、起きて。着替えてベッドでしっかり寝ましょう?」
でも、ディルミックから聞こえてくるのはちょっと不機嫌そうな「まだ……もう少し……」という言葉だけ。まだ、ってまだ仕事するつもりなんだろうか。
「お仕事が大事なのは分かりますけど、睡眠だけはしっかりしないと。寝食は大事ですよ!」
本当に睡眠と栄養は大事なのだ。過労死した人間のアドバイスだぞ、その辺の奴らとは実体験が伴っているので重みが違う。
「ほら、ディルミック――う、わっ!?」
ジャケットは脱いでいるようなので、首元を緩めて最悪担ぐか、と思っていると、ディルミックがわたしの手を掴んだ。
「でぃ、ディルミック……?」
ていうか顔が近い、顔が!
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