116.5
ミルリに呼ばれ、僕はロディナの私室の前へと来ていた。今日仮縫いが終わる日であるという話は聞いていたのだが、まさか呼ばれるとは思っていなかった。
ミルリが扉をノックすると、中からロディナの声が聞こえてくる。
それを確認したミルリが扉を開け――そして広がる目の前の光景に、僕の息は止まった。
「――どうですか?」
不安そうにも、照れているようにも見える笑みを浮かべながらロディナは聞いてくる。けれど僕はなんの感想も返せなかった。
それどころか、雷を打たれたような衝撃を感じたまま立ち尽くしていて、動くことすらままならない。
「――ディルミック」
叔母様の少し咎めるような声。その声に、少しだけ我に返った。幼い頃からの癖とでも言おうか、叔母様にキツイ口調で名前を呼ばれると、姿勢を正さねばという気持ちになる。
「部屋に入りなさい」
「……え、ええ。叔母様」
叔母様に命じられて、ようやく部屋に入らないといけない、ということを思い出した。
「わたくしたちは一度退室いたしますね」
少し棘のあるような声音で、叔母様は言う。僕も成人をしたいい大人で、しかもカノルーヴァ家の当主であるから、おおぴらには叱れない、と言いたげな顔である。多分、あとで二人きりになったとき、お説教を食らうに違いない。
とはいえ、気をきかせて二人きりにしてくれたのは明白なので、そのくらいのお説教は甘んじて受け入れねばならない。
叔母様たちが退室したのを確認すると、僕は仮面を外してロディナの姿をよく見る。
仮縫いではあるものの、ウエディングドレスに身を包む彼女は、本当に『美しい』の一言に尽きた。
社交界に滅多に出ないとはいえ、夜会やパーティーに何度かは出た見である。派手なドレスを着こなす夫人や、客観的に見て美人だと思う令嬢など、何人も見てきた。
でも、ロディナほど、目を引く女性は一人だっていなかった。
「あ――」
何も感想を言わないのは失礼か、と何か言葉をひねり出そうとして、ふと、ロディナが満足そうに「んふふふふ」と笑っていることに気が付く。
「ろ、ロディナ?」
思わず名を呼んでしまったが、彼女はにこにこと笑っていた。
「うれしい」
笑みを崩さず、なんならさらに満面の笑みを見せてロディナは言った。
「婚約パーティーのときのドレスの反応が普通だったから、黙って見惚れる反応を見せてくれて、嬉しい」
婚約パーティーのとき。あのときは確かにたいした反応を見せなかったように思う。
別に似合っていないわけじゃなかったし、むしろよく似合っていたとは思うが、今のような衝撃は受けなかった。
――多分、彼女への想いを自覚していなかったから。
こんなにも『美しい』女性が僕の妻で、結婚式の際には隣にいるのか。
婚約パーティーに出席できたのだから今回も大丈夫? 緊張しなくていい?
僕は何を馬鹿なことを言ったのだろうか。
好いた相手が、僕の為にこんなにも着飾っているのに、緊張しないわけがない。
現時点で、死ぬんじゃないかと思うほど、心臓がばくばくと早く脈打っているのだから。
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