21
カノルーヴァ家にやってきて、数日が経った。いやあ、お貴族様ってマジですることないのね。いや、ディルミックはしっかり仕事をしているんだけど、わたしが暇を持て余してしまっている。
明日はコンロやら諸々のお茶入れ道具と、金庫を取り付けるために業者が入り、明後日には教本が届く。
なので、暇で死にそうなのは今日までではあるのだが。楽しいことがご飯の時間しかない。三食おいしいご飯が食べられるのは幸いである。ただ、朝起きる時間が合わなくて、ディルミックと朝食を一緒に取ることはないし、昼は仕事のタイミングが合わなくて一人でご飯を食べる羽目になっている。夕食は一緒に食べられるけど、これと言って彼に振れる話題もないので、当たり障りない会話しかできない。
かといって、仕事に忙しい彼の邪魔はできないし、暇で死にそう、とか言えるわけもない。
忙しそうな姿を見ていると、ボードゲームに誘うこともできない。そもそもルールが完璧に頭に入っているわけではないので、わたしみたいな初心者を相手にゲームするのは、疲れているときにはできないだろう。多分普通にイラつかせてしまうと思う。
しかし、いくら暇とはいえ家事をしようものなら、ミルリたちに、逆に迷惑が掛かってしまうだろう。これは彼女らの仕事なのだから、下手に手を出すわけにはいかない。
「えっ……タワーでも作るか?」
キャルトカード(トランプもどき)を買うときに、よっぽど暇だったら最終手段でタワーでも作るか、なんて思ったが、まさかこんな早く出番が来るなんて。
いや、それは時間の無駄が過ぎる。時は金なり、と言うものだ。この有り余る時間を有効活用して、何かお金になるようなことが出来ないだろうか。
とはいっても、転生前の知識がそう役に立つとも思えない。
ファンタジー然としている世界ではあるが、剣と魔法の世界というわけではない。魔法はロストテクノロジーでこの世にほぼ存在しない。まあ戦は剣が主流っぽいけれど。
それなりの生活水準を満たしているので、衛生面もしっかりしている方だし、経済においてはわたしが口出しをする立場ではない。
それこそ、電子機器のようなものは存在しないので、それが作れたら大儲けだろうけど、あいにくわたしは使う側の人間だったので、作る知識はない。
となるならば。
「お菓子……お菓子、作るか……?」
わたしのお菓子で革命は起きないだろうが、レシピは革命を起こしてくれるはず。……多分。
まあ、お菓子を広めないとしても、お茶会にお菓子は必須だろう。ケーキはハードル高いから、クッキーとか。小麦粉と砂糖、バターと卵があれば作れるはず……多分。
暴論ではあるが、火をしっかり通せばお腹は壊さないはず。おいしいかどうかは別として。上手くいくまで試行錯誤する覚悟はある。お金のためだ、そのくらいはする。
コンロが取り付けられたら、ディルミックにお茶を入れる予定である。お礼がてら、というのもあるが、マルルセーヌ生まれの女としては、伴侶に一杯くらいはお茶を飲ませたいという気持ちがあるのだ。これはもう、損得勘定だけでない、二十二年間この世界で生きてきたわたしの意地である。
それにそっと数枚、クッキーを添えて、ディルミックが興味を持ってくれたらカノルーヴァ領に流行らせてもらって、レシピの販売金の一部をわたしの懐に入る様にしてもらえば……がっぽがっぽなのでは!?
「これで勝つる!」
のんきに考えているこの時のわたしは知らない。これがクッキーまみれの上に、延々と終わらない試行錯誤の第一歩を踏み出していることに。
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