20.5
今日も彼女はいるだろうか。
そんな期待を、少しだけ抱いてしまう。
ベッドは確かに一つしかない。彼女から欲しいとは言われていないし、元より彼女の部屋にベッドは置いていない。
けれど、「あんな醜男と同じベッドで寝るくらいなら、床で寝た方がマシ」とまで言われた僕だ。昨日は初夜だったから、勤めをはたそうと、寝台に上がってくれたのかもしれない。今日から先、彼女が、ベッドを共にしてくれるとは限らない。
緊張しながら寝室の扉を開ける。そしてかけ布団を剥がす――誰もいない。
「……馬鹿馬鹿しい」
期待をした自分が、情けなくなる。分かり切っていたことじゃないか。
勝手に期待をして、裏切られて、落胆して。期待をすること自体、不相応だというのに。
それでも、未練がましく、僕の足は彼女の部屋へとつながる扉へと、向かっていた。
そのドアノブへと手を伸ばし――ドアノブを回すことを、躊躇う。
この扉を開けて、僕に何が出来るというのだ。昨日は、彼女を抱いた。可能性として、あれで子供ができることも、あるだろう。致したのだから、ゼロじゃない。
しばらく様子を見て、月のものが来れば、また彼女は抱かれにくるのだろうか。
金で買われたのだとしても、彼女だって、僕なんかに抱かれるのは、最低限がいいだろう。そう何度も、肌に触れられたくないはずだ。
――もう寝よう。
諦めてベッドに戻ろうとしたとき、ドアノブがゆっくりと回った。……見間違いじゃない。
「……ディルミック、そこにいますよね? 離れて貰っても? ぶつかるでしょう」
ロディナの声だ。
思わず息を飲む。扉を、開けてくれるのか。
僕は信じられないと思いながらも、数歩下がる。このまま来ないなら来ないで、一人で寝てしまえばいい。そんなことは分かっているのに、冷静な考えとは裏腹に、心の片隅で、また、期待をしてしまっている。
少しして、ゆっくり扉が開かれた。
昨日とは違う、幾分か着慣れた様子の、普通の寝巻を身にまとったロディナは、照れたような笑みを浮かべていた。
「すみません、ディルミック。教本が思ったより面白くて、読むのに、夢中、に……」
彼女が言葉に詰まる。呆けたような顔。
僕は慌てて顔を隠した。多分、僕は今、醜い上に情けない顔を、彼女にさらしている。こんなもの、見せられない。
ふは、と彼女が笑ったような、気がした。
「ディルミック、ほら、行きましょう」
そう言って、彼女は僕の手を取る。ベッドへ向かう彼女の足取りは、普通だった。僕と寝たくないとゆっくり歩くわけでもなく、僕みたいのと手をつないでいることへの嫌悪感から震えるわけでもなく。
ただ、当たり前のように、ベッドへ向かう。
「よいしょ……と。よし。さあ、どうぞ」
ベッドにのぼり、ごろりと寝ころぶ彼女。
どうぞ、って何がどうぞなんだ。
僕が困惑しているのが伝わったのか、彼女は寝そべったまま、僕の服の裾を引っ張った。
「……それとも、今日は気分じゃないですか? 普通に寝ます?」
普通に寝る。
その言葉で、ようやく、彼女が何を言おうとしているのか、分かった。
気分じゃないってなんだ。その、まるで僕に決定権があるかのような。こんな醜男に、そんなものを与えるな。
恐る恐る、僕の服の裾を引っ張る彼女の指に、手を絡めると、きゅっと握り返された。
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