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 ディルミックの部屋からわたしの私室へと戻り、ぱらぱらと参考書を眺めていれば、ペルタさんがやってきた。


「ん、奥様、おはようございます」


「おはよーございますッス!」


 ペルタさんの付き添いでやってくるのは、孫のバジーさんだ。ディルミックより少し年上の彼は、治療師ではなく医者である。

 この世界では、唯一存在する魔法、治癒魔法を扱える人物が『治癒師』と呼ばれ、医者は前世と変わらず医療を学び病気や怪我を直す人物を指す。

 治癒師は国によって人数が違うが、グラベインは比較的少なくて、辺境伯家・侯爵家以上がお抱えで一人雇うのが精一杯らしい。逆にマルルセーヌは人材が豊富で、貴族は全員お抱えがいるらしいし、王都には数人おり、地方を巡回する治癒師がいるくらいだ。わたしの住んでいた村にも、たまに治癒師の人がやってきていた。


 だからこそ、こんなにもよぼよぼのおばあちゃんでも、引退せずに現役で働いているというわけだ。

 バジーさんはペルタさんをわたしのすぐ斜め前にある椅子に座らせると、「それじゃあ一旦失礼するッス!」と一時的に退室する。治療行為ならいざ知れず、ただの健診で貴族の妻の肌を見るわけにははいかないそうなので。

 まあ、わたしとしても、ワンピースなので前をがばっと開けるため、女性に診察してもらえるならそちらの方が助かる。


「すみませんねえ……。あの子ったら、何度言っても口調が直らなくて」


「え? ああ……別に大丈夫ですよ」


 わたしはワンピースのボタンを外しながら答える。バジーさんは結構砕けた話し方をする人だ。わたしとしては、口調とかはあんまり気にしたことがない。

 バジーさんは多分この世界基準でのイケメンだと思うのだが(あっさりしていて漫画だったら糸目キャラだな、というほど目が細い)、いかんせん身長がものすごく高くて、二メートルあるんじゃないか、というくらいなので微妙にモテないらしい。その上、ちゃらちゃらした性格が未だに落ち着かず、いい年して嫁候補も見つからない……と愚痴るのがお決まりのペルタさんである。


「ん、それじゃあ奥様、失礼しますよ」


 そう言ってペルタさんはそっとわたしの下っ腹に手を添えた。少しして、その手が淡く光る。

 本当に魔法を使っているのだな、と思う反面、人間の手が発光するというのは神秘的というよりはシュールだな、と思って、ついじっと見てしまう。こう、光り輝く! とかならまだしも、本当にぼんやりと光っているので、余計に面白く見えてしまうのだ。


 時間にして数分だろうか。手が光らなくなると、ペルタさんはそっとわたしの腹から手を離した。

 そして首を横に振りながら、「ん、今月も兆しはございませんねえ」と言われてしまった。


 ここに来てから半年ではあるが、半年で期待されすぎではないだろうか。いやでも、頻度はそれなりに多いしな……。でも平均なんて全然分からないし、こればっかりは運だと思うのだが。


 というよりも、『運がない』と思ってこういうのではなく、『本当に子作りをしているのか?』ということが、暗に言いたいのかもしれない。

 彼女がハッキリ言ったわけではないので、こちらとしてもあんまりがっつり反論はできないのだが……。


 とはいえ、そこまで焦るつもりはない。前世では『嫁(か)して三年、子なきは去れ』なんて古い言葉があったが、逆を返せば出来る人でも三年かかるときはかかるもん、三年くらいは出来なくても大丈夫、ということだとわたしは勝手に思っている。

 そもそも契約では出産適齢期内に子供を産めば良くて、最悪養子を育てれば言いわけで。


 まあ、今はこれから一般公開へ遊びに行くのだ。ペルタさんの言い回しなんて、気にしている場合ではない。

 楽しみだなあ、と思いながら、健康状態のチェックもしてもらうのだった。

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