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健診を終え、わたしはエルーラと一緒に一般公開へ来ていた。
とりあえずは腹ごしらえを……とわたしたちは温室より先に庭園の方へと向かった。
薔薇によく似た、ザローのオレンジとピンクを混ぜたような色の花が咲きほこる庭園は、順路沿いに植えられているだけでなく、アーチの様になっていて、とても立派なものだった。確かにこれは一般公開として人を呼ぶだけの迫力がある。
エルーラ曰く、グラベインの女性貴族は庭園の散歩を楽しむ人が多く、どこの家も力を入れて立派な庭園を作るのだとか。
わたしは別に散歩が好きでも嫌いでもない人間だが、確かにこんなに立派な庭園は、歩いていてわくわくする。
温室の時に三周目あたりで飽きてきたので、まあ、頻繁に通うことはないかもしれないが……。それでも、すごい! と勘当したのは事実である。
順路に沿って歩いていくと、広い開けた場所に出た。庭園の中心地なのだろうか。小ぶりな噴水が中央にあり、他の場所に行けそうな道が多方に広がっている。
噴水の周りに屋台がいくつかあった。あれがディルミックの言っていた売店だろう。しかし、前世の夏祭りでよく見た出店サイズの店がいくつも並んで、なおもスペースが余るとは、本当に広いな、この屋敷……。
中日は人が少ない、というディルミックの言葉通り、ほとんど人がいなくて、並んでいる店ですら二人か三人並んでいるだけ、という感じだ。
「チェシカが言ってたパンのお店は……あれかな」
いくつか並んでいる店の看板に、『パン』と書かれた店を見つける。このくらいのグラベイン文字ならすんなり読めるようになったのだ! まあ、さくっと読めるのはあくまで単語のみで、文章になるとちょっと考えないといけないのだが、ちゃんと学び始めて数か月、ということを考えれば上出来だと、自分では思う。
「おすすめのパンを一つ……あっ、薔薇ジャム! ……じゃなかった、ザロージャム、これも欲しいです!」
パン屋に声をかける途中で店にザロージャムがあるのを見つける。色的に、この庭園で育っているザローと同じ品種のザローを使ったものだろう。
これを紅茶に入れて飲むと、花弁がふわっと紅茶の中で舞って、お貴族様になった気分になれるのだ。……まあ、このジャムで紅茶を飲まなくても、今はお貴族様みたいなものだけど。
「おっ、嬢ちゃん、運がいいね! 今新しく運ばれて来たパンを並べたところなんだ」
「嬢ちゃん……」
嬢ちゃん、という年でもないんだけど、まあ、店主のおじさんからみたら、若い娘なんだろうな。
エルーラが何か言おうとしていたが、わたしはそれを止めた。
このおじさんはきっとわたしがディルミックの妻だということを知らないのだ。ディルミックの妻として、一般市民の前に立ったことはないし、分からなくて無理もない……というか、知らないものだと思うのだ。
わたしはパンとジャムを受け取り、お金を渡す。ジャムはそのままエルーラにあずけて、パンにかぶりついた。
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