32

 やることがなくて退屈を持て余していた日が嘘のように、勉強を始めてから一週間があっという間に過ぎていった。

 そして今日、ようやくわたしの部屋の工事が終わった。


「最高……!」


 ミニキッチンを取り付ける相談をした際、ディルミックに何を聞いても「好きにしろ」としか言われなかったので、本当に好きにした結果、わたしが憧れていたミニキッチンが出来上がっていた。

 白基調で、憧れていたマルルセーヌ内では有名なブランドのミニキッチン。ハイブランド、というわけではないけれど、独身女のわたしの収入では手が届かないと諦めていたミニキッチンが、今ここに……!


「ふへへ……」


 わたしは嬉しさの余り、初めておもちゃを買い与えらえた子供の様に、ミニキッチンの前をうろうろしていた。

 点火ダイヤルを回せば、ちゃんと火がつき、蛇口ハンドルをひねればちゃんと水が出る。まあ、当たり前だが。

 ちなみにグラベイン王国は、上下水道完備だ。飲み水だけはは井戸からくみ上げるのが主流らしいが。

 わたしがあれこれミニキッチンをいじっていると、扉がノックされる。


「はあい、どうぞー」


 ミルリかと思って適当な返事を返せば、扉の先にいたのはディルミックと、見たことのない使用人さんだった。格好からして、執事だろうか。ここ、執事もいたのか。いやまあ、そりゃあいるだろうけど。


「ミニキッチンは気に入ったか?」


 部屋に入ると、ディルミックはミニキッチンに目線をやりながら、言った。


「それはもう! いいものをありがとうございました。ファーストティー、楽しみにしててくださいね」


「ファーストティー?」


 不思議そうに(仮面で表情が見えないので声音の判断だが)ディルミックが首を傾げる。グラベインにはファーストティーの文化がないのか。


「マルルセーヌだと、新しいキッチンを建てるかリフォームしたときや、いい茶器を手に入れたり飲んだことない茶葉の缶を開けたりしたときに、最初に入れるお茶を、親しい人にふるまうんです」


 ふるまうっていうよりは、もはや自慢みたいなものだけど。こんないいキッチンないし茶器、または茶葉手に入れたんだぜ、っていう。プレゼントで貰った場合は、くれた人を招いてファーストティーをふるまうこともある。

 お茶請けが無くても許される三大お茶の一つなので、今回はお茶請けがなくてもセーフ。ちなみに残りの二つは眠気冷ましのモーニングティーと、子供へ初めてお茶を飲ませる際に開かれるお茶会の席である。

 ファーストティーのお供はお茶請けでなく、新しいキッチンや茶器なので。


「し、親しい……。そ、そうか。そ、それはそれとして。ロディナ、金庫も取り付けられただろう? これを渡しておこうと思ってな」


 ディルミックがそう言うと、彼の後ろに控えていた執事さんが、すっとわたしに木箱を渡してきた。

 木箱は細長い、筆箱みたいなサイズ感の箱だった。彫りの装飾が綺麗な箱である。

 なんだろう、これ。

 不思議に思いながらも、わたしはそれを受け取った。


「開けてもいいですか?」


「ああ、開けて確認してくれ」


 それじゃあ、とわたしは遠慮なく箱を開ける。


「これは……」


 中に入っていたのは、柔らかな布の上に鎮座した、ぴかぴかと光る五枚の純銀貨だった。

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