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 新品か、と思うくらいに、その純銀貨は光輝いていた。このために用意したのだろうか。

 純銀貨なんて、庶民のわたしにはそうそうお目にかかることはないがそれでもこれが新品ということは、なんとなく分かる。ああ、でも、初夜の翌日に貰った純銀貨は、もっと使い古したというか、使用感のある純銀貨だった。


「契約の純銀貨五枚だ。間違いないな」


「はい、確認しました!」


 純銀貨五枚。五百万。それが今、わたしの手元にある。口元が緩んでいる気がしてならない。


「……それと、これも渡しておく」


「なんですか?」


 手を差し出すと、執事さんがまた、わたしの手のひらの上に何かを置いた。今度は布製品のようで――これは……財布!


「その金で茶葉でも買ってくればいい。釣りは好きにしろ」


「えっ、中身入りですか!? ありがとうございます!」


 えーやった、嬉しい。ミルリ誘ってまた街に行こう。

 ……。おや。


「……出かけてもいいんですか?」


 前回、出かけたいと言ったとき、あまりいい顔をされなかった。まあ、今回も普通に街へ行くつもりではいたけれど、ディルミックの方から行ってこい、なんて言われると思っていなかったのだ。


「好きにしろ。ただし、前回同様、護衛を誰か連れていけ」


 仮面で表情は分からないけれど、声音は平静そのものだ。

 これは、多少なりとも信用されていると思ってもいいんだろうか。なんかちょっと、嬉しいな。飼い始めて警戒ばかりしていた猫がすり寄って来てくれた気分。いや、このたとえは失礼か。


「では、お言葉に甘えて。そうだ、ディルミック、お好きな紅茶の種類はありますか?」


 わたしの好きな紅茶の茶葉は結構クセが強い。好き嫌いが結構分かれる茶葉だと思う。ハーブティーとかをブレンドしてもいいのだが、ディルミックの好みを何も知らない状態でやるのはちょっと無謀だ。

 無難に、普通の茶葉がいいだろう。


「茶葉を気にして飲んだことがない」


「ああ、成程」


 まあ、お茶好きじゃなきゃそんなもんだよね。分かる分かる。

 わたしも前世では、コーヒーより紅茶派ではあったものの、スーパーで適当なティーパックを買う程度だった。茶葉を気にし始めたのはマルルセーヌ人になってから。


「……だ、だから君の好きな茶葉でいい」


「え、わたしの好きなのはだいぶ好き嫌い分かれますけど、大丈夫ですか?」


 お茶好きどころかお茶狂いで有名なマルルセーヌ人でも好き嫌いが分かれるのである。わたしの友人の中では「薬っぽくて好きじゃない」と酷評する人もちらほらいた。


「万人受けする茶葉のがいいと思うんですけど」


 茶葉に興味がないと言うのなら、ベルトーニ辺りに普段ディルミックになんの紅茶を出しているか聞いて、同じものを買ってこようかと思ったのだが。

 それでもディルミックは「構わない」と言う。まあ、そこまで言うのなら買ってくるか。一応、万人受けする茶葉も。

 明日は、グラベイン文字の講師が来るとのことなので、今日の午後、再び街へと出かけることになった。

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