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 ――んでも、『してあげたい』ってなるなら、やっぱり『好き』なんじゃないですか?


 一人で昼食を取りながら、先ほどのチェシカの言葉を考えていた。


 別に、好きじゃなくてもしてあげたい、って思うことはあると思う。いや、嫌いだったら確かになにかしてあげたい! ってなることがない、っていうのは分かる。

 でも、何かしてあげたい、って思うことがすべて恋愛感情に繋がるのは、ちょっと暴論と言うか、なんというか。


 マルルセーヌが穏やかな国民性だから、というだけでもなく、元来の性格からか、何かされなければ基本的には親切にしておきたい、と思う。そりゃあ、何でもない人にリスクの高いことは出来ないが、ちょっと親切にするくらいは、わたしの中では普通なわけで。

 それが差別的なグラベイン人には異常に映るのだろう。


 別にディルミック相手じゃなくたって、義叔母様には感謝の手紙を送りたいし、ベルトーニにはそのうちお菓子を作って上げたいし、チェシカやエルーラにはお茶を淹れて――。


「……ぐふっ!」


 そこまで思い当って、わたしは思わずむせた。

 すぐそばに控えていたチェシカが慌てた様子で駆け寄ってくる。


「ちょ、ちょっとむせただけ、大丈夫……」


 わたしはそう言いながら、置いてあった水を飲む。少し咳が残るが、別に病気とか、そういうわけではない。

 咳ばらいをして、食事に戻る。でも、味は分からないし、手から力が抜けてしまったようだった。


 ふと、思い出してしまったのだ。


 ディルミックにモーニングティーもどきを淹れたときのことを。


 そう言えば、『マルルセーヌにいた頃はこんな自分の姿を想像出来なかった』なんて思いながらお茶を淹れていたな、と。


 一夫多妻は、夫側に『平等な愛情』が求められる。使う金額も、話す頻度も、何もかも、平等でなければならない。まあ、話す頻度と言っても、文字数や時間をいちいち計測するわけではないので、そこは体感になってしまうのだが、使う金額だの、夜、部屋に通う回数だの、数字として明確に分かるものはハッキリと同じにしなければならない。


 つまり、モーニングティーを妻がこぞっていれたなら、それぞれ、同じ数だけ夫は飲まないといけないのだ。どれだけ腹がたぷたぷになろうと。


 なので、もし、仮にわたしが、マルルセーヌに残ってどこかの富豪の第三夫人なり第四夫人なりになっていたとしても――モーニングティーは淹れなければならなかったはずなのだ。


 でも、そんな姿は全然想像出来なかった。出来なかったのに、すやすやと眠るディルミックの顔を見たら、つい、淹れたくなってしまったのだ。

 しかも、しゃっきり目覚める為のストレートディーではなく、穏やかに目覚める為のミルクティーを。長旅の仕事続きで疲れているかもしれないからと、気を使って、わざわざ。

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