96
視界の端でキラリと光った物の正体を見つけ、わたしは血の気が引いた。
――ナイフである。
こんな場所にあるには、あまりにも不自然な物に、思わず二度見してしまった。軽いお祭りみたいな、出店が並び、客がちらほらといるだけのこの場所で、そんな立派なナイフ、どうして必要だというのだろうか。ちょっと紐を切るために、みたいな、小ぶりなナイフだったら、そこまで目をひかなかっただろう。
でも、あのナイフは、万能包丁くらいの大きさである。不自然すぎる。
先ほどまでは何も持っていなかったと思ったのに、わたしと、ディルミックたちの近くにいる男が、いつの間にかナイフを持っていた。
しかも持ち方が、店で使うために持ってきた、という風ではない。明らかにナイフを持って、構えている。
わたしの不自然な視線の動きに、ディルミックと会話をしていた護衛の人が、不審者に気が付いた。腰に下げたその剣を引き抜きながら、ディルミックの前へと出る。
でも、わたしには、全てがスローモーションに見えて。
ディルミックを襲うためにナイフを構えて突撃してくる男も。
ディルミックを守るために前に出た護衛も。
護衛が動いたことによって状況に気がつき、守られるように少し下がったディルミックも。
全部が全部、鈍い動きに見えた。
――間に合うのか?
この一瞬の間に、ふと、わたしはそんなことを思ってしまった。
間に合わないで、ディルミックが襲われてしまうかもしれない。ほんの少し、そんなことが頭をよぎってしまえば、もう駄目だった。
わたしが動いたところで間に合うか分からない、と頭の片隅では分かっていても、体は勝手に動いた。ディルミックが刺されるかもしれない、という恐怖が、わたしを突き動かした。
ディルミックは、わたしが手を伸ばせばギリギリ届く範囲にいる。
思わず手を伸ばして、わたしと入れ替わるような勢いで、彼の腕を引っ張った。
――ひっぱった、はずだった。
ディルミックの腕を引っ張って、立ち位置を入れ替えることには成功したはずだった。いくら男性の体格とはいえ、火事場の馬鹿力を発揮した女が、急に引っ張ったら、耐えられなかったのだろう。
でも、すぐに引っ張り返され、かばうような形で抱きしめられた。
……悲鳴が聞こえる。
その悲鳴を聞いて、辺りがスローモーションに見えていたのも、全て元に戻った。
――わたしを抱きしめるディルミック越しに、地面に敷かれた煉瓦の上に、血だまりが出来ているのが、見えた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます