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 それにしても随分と派手な音がしたものだ。わたしはお湯を沸かすのをやめ、思わず扉を開けて廊下を確認する。

 様子を見に行けば、階段の踊り場で慌ただしく動くメイドが二人いた。よく見れば、バケツをひっくり返してしまったようだ。階段も濡れているし、あれだけ大きな音が響いたのだ。もしかしなくとも、二階の廊下から踊り場まで、バケツを転がしてしまったのだろう。


「凄い音だったけれど大丈夫?」


 二人が勢いよく顔を上げる。眼鏡をしている短髪のメイドがチェシカ。つやつやとした亜麻色の長い髪をギブソンタックにしているのがエルーラだ。


 彼女らは昨日、わたし付きになったメイドである。といっても、就任自体はここ昨日ではないらしい。

 わたしに紹介されたのが昨日、というだけで、ミルリが自らをメイド頭と称したように、わたしがこちらに来てから、ずっと別館で働いていたようだ。ここ三日、ミルリが休暇を取っているので表に出てくるようになったそうだ。といっても三日限定で、ミルリが戻ってくれば、彼女らは再び裏方へと行くらしい。


 というのも。


「も、申し訳ありません、奥様! すぐに掃除を済ませますので……!」


 エルーラが頭を下げると、慌てたようにチェシカも「申し訳ねだ、です」と頭を下げる。それを見て、エルーラが「チェシカ!」と小さく叱責した。

 田舎の農村出身のチェシカは未だ仕事に慣れないようで、ミスばかりするようなのである。エル―ラも、チェシカよりは先輩っぽいが、彼女自身、他人のフォローに周れるほど仕事に慣れていないように見える。


 とどのつまり、新人二人なため、ミルリが主にわたしについてまわることになってしまっているようだ。

 「何かご不満やご迷惑をかけるようなことがあれば遠慮なくおっしゃってください」と休暇に出かける前のミルリから言われているが、どうにも文句をつけにくい。わざとじゃないのは分かり切っているので。


「怪我は? 大丈夫?」


「は、はい……! お気遣い、ありがとうございます!」


 エルーラが頭を下げ、それに見習ってチェシカも頭を下げる。

 わたしが片付けを手伝っても良かったのだが、彼女たちはそれを喜ばないだろう。わたしは平民出身なので、汚れ水を拭いてバケツを片付けるくらいわけないのだが、彼女たちからしたら今のわたしは雇い主の妻。とてもじゃないが手伝わせる相手には出来ないだろう。


「怪我がないならよかったわ。気を付けてね」


「は、はいっ!」


 怪我をしないように気を付けてね、と言ったつもりだったのだが、粗相をしないよう気を付けなさい、と言う風に取られてしまったようだ。エルーラが可愛そうなほど縮こまってしまっている。

 これ以上何か言っても良くないな、と思い、わたしはその場を後にした。


 部屋に戻ると、コンロに再び火を付ける。お茶を淹れて気分転換だ。お茶を飲みながら勉強すれば、多少は集中力も増すだろう。マルルセーヌ人だし。

 マルルセーヌの血に謎の自信を持ちながら、ぼーっとお湯が沸くのを待つ。


 ふと、ミニキッチンに飾っておいた瓶に目が行く。初めて街に遊びに行ったとき、お菓子がないからと代わりに買ってきたジャムの瓶だ。中身は食べ終えたので既に空っぽだが、瓶が可愛かったので、洗ってそのまま置いてある。


「す、スーウェン? スーウェン、ベルリ……あ、スウィンベリー?」


 ラベルの文字が読めるか確認するために眺めていたのだが、どうやらスウィンベリーのジャムだったらしい。なんだ、食べてるじゃん。


「あのジュース、ジャムより甘かった気がするんだけど……」


 恐るべし、千倍の甘さ。ジャムは丁度よかったけど、あのジュースはもう飲みたくないな……。

 しかしこの国の王子が何人いるか知らないし、そもそも婚約パーティーだったのだから結婚パーティーが後に控えてるわけで。


「……考えるのやーめよ」


 わたしが思考を放棄するのと同時に、カンカラカーン! と高い音が廊下に響いた。

 空っぽのバケツ、今度は踊り場から一回にまで落としたのだろうか。「チェシカー!」とさっきよりはちょっと遠いエルーラの怒鳴り声を聞きながら、そんなことを思った。

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