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 昼間はあんなにも騒がしかったのに、夜になると随分と静かだった。

 まあ、それもそうか。二階にはわたしとディルミックの、それぞれの私室と、この寝室しかない。もう夜だし、昼勤だったチェシカとエルーラは一階の使用人室にはいないだろう。


 広いベッドで、わたしは一人横になる。

 前世を合わせても、生まれて初めてこんなに広いベッドを独占したように思う。前世も今世もシングルベッドしか使ったことがない。一人で寝るならそれで十分なのだ。


 わたしはふと、普段ならばディルミックが寝ているスペースに手を伸ばし、シーツを撫でる。

 シーツと布団のカバーは毎日新しいものに取り換えられているので、ディルミックの匂いはしない。まあ、元々体臭が薄い人だし、香水のようなものも付けていないので、仮にシーツやカバーを毎日取り換えていなくても、彼の匂いはあんまりしなかったと思う。


 これから三週間、ディルミックが帰ってくるまで、この広いベッドのど真ん中を自由に使うことが出来る。でも、なんとなく、わたしはいつもの位置に収まっていた。ベッドの半分を空ける必要なんてないのに。

 わたしの呼吸音が、妙に大きく聞こえる気がした。


「……思ったより、さみしいのかな」


 ぽつり、と思わず言葉をこぼした。でも、それを聞く者は誰もいない。

 余った枕をたぐりよせ、抱きかかえてだきまくらとして使う。

 違う、別に、さみしくなんかない。いや、さみしいにはさみしいが、つまらないとか、そういう意味でのさみしいであって、恋しいとか、そういう類ではないのだ。決して。断じて。


 マルルセーヌでは一人暮らしをしていて、でも、こっちに来てからはディルミックがずっと隣で寝ていたから、違和感があるだけ。『さみしく』なんてない。

 そもそも、そんな、ディルミックを好きになる理由なんて――。


「顔か」


 わたしはつむりかけていた目をカッと見開いた。

 ディルミック本人は自分の顔に自信がない(逆の意味では自信があるようだが)し、世界の価値観が価値観なので大っぴらに言えないが、ディルミックは最高に顔がいい。前世だったらモデルとかアイドルとか、そういう顔を商売道具にする職業について、ひと稼ぎ出来るだけの顔をしている。いや、ひと稼ぎどころじゃない気もするが。

 そんな顔を間近で見ていれば……ねえ……。普通に勘違いしてしまう。


「……はー、あほらし。さっさと寝よ」


 わたしはぺいっとまくらを普段ディルミックが寝ているスペースに放り投げ、寝返りをうって背を向ける。

 契約とはいえ夫婦の関係だし、体を許しているので、そりゃあ、多少なりとも情は沸く。好きか嫌いかの二択しかないのなら、迷わず好きを選べるのは事実だ。

 

でも、これは恋なんかじゃない。

 この世で一番はお金なのだ。お金に勝るものはない。信用できるのも、大好きなのも、お金だ。


 お金こそ、全て。


 そんなことを考えながら寝たからだろうか。

 その晩、久方ぶりにわたしは前世の夢を見た。

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