61

 着飾ったドレスを身にまとう彼女とは裏腹に、わたしの着ている服はシンプルなワンピース。ディルミックがくれたものなので、素材こそいいが、派手さで負けているのは、誰が見ても明白だろう。

 華美な彼女の前に立つには心もとない。だから尻込みしてしまうのだろうか。


 それでも、わたしはそのワンピースの裾を握りしめ、なんとか「お断りいたします」という言葉を絞り出した。

 それでも、彼女はにこにこと意地の悪い笑みを浮かべ、話を続ける。わたしの声が小さくて聞こえなかった、というわけじゃないだろう。広い廊下ではあるが、今ここにわたしたち二人しかいない。聞こえないわけないのだ。

 聞いたうえで、聞かなかったことに、したのだ。彼女は。


「わたくしの妹の子なのだけれど、見てくれが少し……ねえ? なかなか良い縁談がまとまらないの。でも、貴女なら良さそうじゃなぁい? あのディルミック=カノルーヴァ様の元へ嫁げるんですもの」


 つまり、顔の悪い甥が結婚できないから、最底辺(この世界基準)のディルミックと結婚できる女なら、自分の甥でも結婚できるだろう、と思ったということか。

 普段のわたしなら、それならまずは契約金のお話を、なんて半分以上本気の冗談を言うところだろうが、今この場でそんなことを言ったら、本当にそう決まってしまいそうだった。

 わたしの背中に、寒気が走る。


「お、お断りします」


「甥はね、侯爵家の者なの。少しばかりだけれど辺境伯家よりは爵位が上よ? そんなみすぼらしい服じゃなくて、好きなドレスをたくさん買えるわ」


「こ、これはわたしが好きで着ているので……。だ、第一わたしは平民ですから、侯爵家なんてとてもとても……」


「あら、やぁだ。辺境伯夫人が何をおっしゃるの?」


 涼し気に扇を揺らしながら女は笑う。


 駄目だ、断る材料がつきた!

 多分、このままお断りしますって言い続けても、絶対彼女は聞き入れてくれない。かといって、それらしい理由をつけてみても、彼女の口に勝てる気がしない。


 いっそ、ディルミックがいいのでお断りします、なんて言えたらいいのだが、多分、それは駄目なんだろう。そんなことが言える世界だったら、ディルミックはこんなにも周りから辛い仕打ちを受けていないし、わたしがディルミックの顔を肯定しようとしたとき、彼はあんなにも怒らなかっただろう。


「お、お断りしますってば……!」


「大丈夫、彼にはこちらから上手く言うわ。ディルミック=カノルーヴァ様でも、爵位が上の者から言われたら従うしかないのよ? 何が怖いの?」


 貴女が怖いです!

 とは流石に大声で言えない。言ってしまっても構わないのかもしれないが、彼女の圧に負けて、その言葉は喉の奥に引っかかってしまっていた。


「本当は嫌なんでしょう? あんな男の妻でいるのは」


「そ、そんなこと……」


「何か脅されているの? 故郷に人質でも? 大丈夫、そのあたりのことも、きっと上手くやれるわ」


 話を聞かねえなこの人!? どうしてそうも話が飛躍するのか。


「とってもぎこちなく笑って、嫌そうだったって、レトディーネがおっしゃっていたのよ? 目が『助けて』って言っていたって」


 誰だよレトディーネ。聞き覚えのない名前だ。心当たりなんて――ぎこちなく笑う?

 わたしはふと、このホテルに到着したばかりの、昨日のことを思い出していた。馬車から下りた時、誰かの視線を感じて。


 もしかして、あの時いたお貴族様一家の誰かがレトディーネなのだろうか。名前からして女性。この女性と交友があるとするなら……母親らしき貴族女性か。

 わたしの笑顔、そんなに下手くそだったんですかね!? まさかいらぬ誤解を与えてしまうほどだったとは。

 それとも、彼女らには先入観があるからそう見えるのだろうか。『あの』ディルミック=カノルーヴァの元に嫁いだのなら不幸で仕方がない、と。


 そんなこと、ないんだけどなあ。


 こんなにも話を聞かない相手なら、いっそ無視して帰ってしまえばいいのだろうが、わたしの進行方向に彼女は立っているので、横を通り過ぎるのは難しそうである。広い通路ではあるが、彼女を無視してすれ違う勇気がない。

 かといって来た道を戻っても、どうやって部屋に戻るのか分からない。

 八方ふさがりである。


「ねえ、いいでしょう? あんな――」


「――ロディナ? こんなところにいたのか」


 後光が指して見える。

 ディルミックが、迎えに来てくれたのだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る