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着飾ったドレスを身にまとう彼女とは裏腹に、わたしの着ている服はシンプルなワンピース。ディルミックがくれたものなので、素材こそいいが、派手さで負けているのは、誰が見ても明白だろう。
華美な彼女の前に立つには心もとない。だから尻込みしてしまうのだろうか。
それでも、わたしはそのワンピースの裾を握りしめ、なんとか「お断りいたします」という言葉を絞り出した。
それでも、彼女はにこにこと意地の悪い笑みを浮かべ、話を続ける。わたしの声が小さくて聞こえなかった、というわけじゃないだろう。広い廊下ではあるが、今ここにわたしたち二人しかいない。聞こえないわけないのだ。
聞いたうえで、聞かなかったことに、したのだ。彼女は。
「わたくしの妹の子なのだけれど、見てくれが少し……ねえ? なかなか良い縁談がまとまらないの。でも、貴女なら良さそうじゃなぁい? あのディルミック=カノルーヴァ様の元へ嫁げるんですもの」
つまり、顔の悪い甥が結婚できないから、最底辺(この世界基準)のディルミックと結婚できる女なら、自分の甥でも結婚できるだろう、と思ったということか。
普段のわたしなら、それならまずは契約金のお話を、なんて半分以上本気の冗談を言うところだろうが、今この場でそんなことを言ったら、本当にそう決まってしまいそうだった。
わたしの背中に、寒気が走る。
「お、お断りします」
「甥はね、侯爵家の者なの。少しばかりだけれど辺境伯家よりは爵位が上よ? そんなみすぼらしい服じゃなくて、好きなドレスをたくさん買えるわ」
「こ、これはわたしが好きで着ているので……。だ、第一わたしは平民ですから、侯爵家なんてとてもとても……」
「あら、やぁだ。辺境伯夫人が何をおっしゃるの?」
涼し気に扇を揺らしながら女は笑う。
駄目だ、断る材料がつきた!
多分、このままお断りしますって言い続けても、絶対彼女は聞き入れてくれない。かといって、それらしい理由をつけてみても、彼女の口に勝てる気がしない。
いっそ、ディルミックがいいのでお断りします、なんて言えたらいいのだが、多分、それは駄目なんだろう。そんなことが言える世界だったら、ディルミックはこんなにも周りから辛い仕打ちを受けていないし、わたしがディルミックの顔を肯定しようとしたとき、彼はあんなにも怒らなかっただろう。
「お、お断りしますってば……!」
「大丈夫、彼にはこちらから上手く言うわ。ディルミック=カノルーヴァ様でも、爵位が上の者から言われたら従うしかないのよ? 何が怖いの?」
貴女が怖いです!
とは流石に大声で言えない。言ってしまっても構わないのかもしれないが、彼女の圧に負けて、その言葉は喉の奥に引っかかってしまっていた。
「本当は嫌なんでしょう? あんな男の妻でいるのは」
「そ、そんなこと……」
「何か脅されているの? 故郷に人質でも? 大丈夫、そのあたりのことも、きっと上手くやれるわ」
話を聞かねえなこの人!? どうしてそうも話が飛躍するのか。
「とってもぎこちなく笑って、嫌そうだったって、レトディーネがおっしゃっていたのよ? 目が『助けて』って言っていたって」
誰だよレトディーネ。聞き覚えのない名前だ。心当たりなんて――ぎこちなく笑う?
わたしはふと、このホテルに到着したばかりの、昨日のことを思い出していた。馬車から下りた時、誰かの視線を感じて。
もしかして、あの時いたお貴族様一家の誰かがレトディーネなのだろうか。名前からして女性。この女性と交友があるとするなら……母親らしき貴族女性か。
わたしの笑顔、そんなに下手くそだったんですかね!? まさかいらぬ誤解を与えてしまうほどだったとは。
それとも、彼女らには先入観があるからそう見えるのだろうか。『あの』ディルミック=カノルーヴァの元に嫁いだのなら不幸で仕方がない、と。
そんなこと、ないんだけどなあ。
こんなにも話を聞かない相手なら、いっそ無視して帰ってしまえばいいのだろうが、わたしの進行方向に彼女は立っているので、横を通り過ぎるのは難しそうである。広い通路ではあるが、彼女を無視してすれ違う勇気がない。
かといって来た道を戻っても、どうやって部屋に戻るのか分からない。
八方ふさがりである。
「ねえ、いいでしょう? あんな――」
「――ロディナ? こんなところにいたのか」
後光が指して見える。
ディルミックが、迎えに来てくれたのだ。
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