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ホテルに戻り、食事を済ませると、わたしだけ部屋から出ていた。マッサージサービスがあるらしい。
全身をマッサージされるのはちょっと抵抗があるものの、慣れないドレスを着てずっと立っていたので、脚のマッサージくらしはしてもらおうかな、と思ったのだ。あと、これだけ高級そうなホテルのマッサージサービスに、少し興味があったというのも事実である。今まで、前世を含め、これだけ高そうなホテルに縁がなかったのだ。
お供をしてくれる、というミルリを連れて、サービスを受けに来ていた。
マッサージ自体はすごくよかった。自分で足のマッサージをすることは珍しくない。でも、他人にやられるのは、くすぐったかったり痛かったりしないだろうか、と不安があった。
しかし、そんな不安を覆すほど、ここのマッサージ師の腕が良かったのだ。
そう、マッサージ自体は良かったのだが――。
早く部屋に戻って、マッサージサービスのことを教えてくれて、勧めたディルミックにお礼と感想を言おう、と思っていたのだが、帰路、知らない女性に絡まれてしまったのある。
穏やかな笑みを浮かべる彼女は、年齢不詳に見える。まとう雰囲気はそれなりに年を重ねた大人の女性であるように感じるのに、見た目はどうにも若い。ただ、義叔母様の様に顔立ちが幼い、というわけではなく、全身全霊で美と若さの為に努力をし、その結果が出ていると言えばいいのだろうか。魔性の女、という言葉が似合いそうな女性だった。
顔は知らないし、見たこともない。ただ、それでも姿勢の良さとその優雅さから、なんとなく、貴族であることは伺えた。
いや、そうでなくとも、その派手でアリながら上品な青いドレスは、よほどお金がないと買うことが出来ないだろう。
ディルミックの言葉を信じるならば、このホテルには伯爵以下の爵位の人たちしか宿泊していないはず。多分、ディルミックがいればどうにでもなっただろうし、今、彼女を無視して逃げ出しても、後でディルミックがなんとかしてくれるかもしれない。
でも、今、この場において、わたしはどうしようもなく、平民だった。ディルミックに、カノルーヴァ家に嫁いだ女ではなく、ただの、平民であるロディナに戻してしまう程の威圧感が、彼女にはあった。
そんな彼女は、ゆったりとした動きで、口元を開いた扇で隠し、言った。
――でも、隠された口元は、にんまりと、悪人のような弧を描いているだろう。
「ねえ、貴女。あんな醜男辺境伯様と別れて、うちの甥の元へ嫁ぎなおさない? 辺境伯様よりはずぅうっといい男よぉ。大丈夫、あのディルミック=カノルーヴァ様だもの。離縁したって、だぁれも貴女を責めないわ」
こんなことを、わたしに言ってくるのだから。
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