13.5
今日の昼食はサラダと白パン、シラメ豆のスープとクーイン魚のムニエル。本当ならばコース形式で出てくるのが正しいのだが、僕が食事をしている間は食堂に誰も入れないため、すべて一度に給仕させる。
いただきます、と僕の対面に座る彼女の小さな口が動く。聞きなれない言葉に、思わず「いただきます、とは?」と聞いてしまった。
すると彼女はハッとして、照れくさそうに「つい癖で」と笑う。
グラベインには食前に挨拶をする習慣はない。ただ、他国でそういう風習があるとは本で読んだことがあるし、マルルセーヌも、そういう文化があるのだろう。
目を輝かせながら食事をする彼女の所作は、確かにマナーの形式が正しいわけではないが、それなりに美しく見えた。
平民が食事をするところを見たことはないが、もっと適当なものだと思っていた。別に、それが悪いとは思っていない。講師もなく、形式ばって食べる必要がないのなら、そう気を使って食事をすることもあるまい。
それにしても、誰かと食事を共にするのは、いつぶりだろうか。
仮面をするようになってからは、ずっと一人だった。食事時は、どうしても顔をさらさねばならない。仮面をつけたまま食事をする方法を考えなかったわけではないが、どれもやりにくくてやめた。
仮面をかぶる前だとすると……初めて夜会に出たときか?
ただ、あの時は皆、僕の顔を見ては表情を歪めていた。まさに、醜いもの、汚らしものを見る目で、僕は耐えきれず、簡単に挨拶だけを済ませ、すぐにホールを出た。結局、ドリンクを少し飲んだくらいだったか。それじゃあ共に食事を、とは言えないか。
教師にテーブルマナーを教えてもらったときは、当然僕しか食事をしていなかったし、幼少期は食べさせて貰っていたが――あれ、僕、誰かとご飯を食べたことなくないか?
気づいてしまえば、急に緊張してきてしまい、ガチャリ、とカトラリーを大きく慣らしてしまった。子供でもやらないようなミス。いい年して恥ずかしい。
しかし、ロディナは責めるでもなく、嫌そうな顔をするでもなく、むしろ、申し訳なさそうに眉を下げた。
「ごめんなさい、ディルミック。わたし、何か間違えた?」
彼女がマナーを間違え、僕がそれに怒ったように見えたらしい。
全然違うのに。
「……問題ない。いや、確かに正しくはないんだが、気になるほどじゃない。綺麗に食べられている方だと思う」
そう言えば、ロディナはあからさまにほっとした顔をした。そうして、再び食事をする手を進める。
しん、とした中で、カトラリーが擦れるかすかな音だけが響く。折角一緒に食事が出来ているのに、何の話題も思いつかない。
まだ一晩しか経っていないのに、もう慣れたか、と聞くもの変だ。貴族相手にするような話のネタならいくつかあるが、彼女は平民。話についてこれるか分からない。
彼女が興味ある話題――いや、駄目だ。お金の話題しか思い浮かばない。多分、食いついてくれるとは思うが、なんか嫌だ。
お金を欲しがるのなら、何か宝石とか、そういう話題も好きだろうか。
でも、先ほど『欲しい』と言われたもののリストを考えるに、そこまで散財が好きなようにも見えない。
あれも駄目、これも駄目、とひとつづつ話題を考えながらご飯を食べ進めていくと、ついに、カツ、と皿の底にフォークが当たる。
完食してしまった。
結局、何かそれらしい話もできず、昼食は終わってしまう。
ああ、僕の馬鹿!
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