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 それにしてもディルミック、フリーズすることが多いな。そんなんで貴族をやっていけるんだろうか。

 前世で見たアニメの影響ではあるけれど、貴族ってもっと、こう、頭が回らないと生きていけないイメージがあるんだけど。貴族は賢くて策略に長けている印象が強い。もしくは悪役として出てきて、重税を課して自分は贅沢するパターン。このどちらか。

 平民のわたしには、分からないことだらけだ、貴族界というのは。そもそも前世では貴族という階級制度に縁がなかったしね。

 まあ、こうしてカノルーヴァ辺境伯当主をできているのなら、こんなでもやっていけるのだろう。

 しばらく呆然としていたディルミックが、ハッとなって再起動する。



「そ、そういうわけだから、僕の顔を肯定するようなことを言わないでくれ。カノルーヴァ家は僕がこんなんだから、グラベイン中の貴族から、あまりいい印象を持たれていないんだ。これ以上評判が下がると、爵位返上の理由を与えてしまう」


「分かりましたもう言いません」


 別に貴族夫人という地位にこだわりはないが、お金を取り上げられるのは嫌だ。


「でも、一人や二人、ディルミックの味方になるような人、いてくれてもいいと思うんですけどねえ」


「君、話を聞いていたのか?」


 いやまあ、聞いてはいたけど。ディルミックを擁護すると自分も迫害対象になるのだから、下手に手を差し伸べるのは難しいだろう。グラベインは、醜男への嫌悪が特別強いというのも、なんとなく分かる。


「でも人間顔だけじゃないっていうか。性格で好きになる人もいるんじゃないですか?」


 まあ、それでも最低ラインの顔面は必要になってくるだろうけど……。ディルミックはそのラインにすら立っていないというのか? 分からんな、こんなに顔がいいのに。

 仮面の向こうでディルミックが溜息を吐く。


「ロディナ、いいかい。醜いから悪いんじゃない、悪いから醜いんだ」


「……なるほど?」


 わたしの中で美醜はあくまで『好み』という思いが強いが、この世界では『常識』の基準であるということか。まあ確かに、善悪の指針の延長戦に美醜があるのであれば、そうなる……のか? 顔の造形だけで『悪』と決めつけられるのもどうなんだって話だけど。前世でも、国が変われば常識も変わった。世界単位で違うのなら、前世のわたしの常識が、そうやすやすと通用するわけもないということか。

 とはいえ、どうにもわたしにはディルミックがイケメンにしか見えないので、いまいちピンとこない。

 まあ、今後、人の顔面についてあれこれ言わなきゃいい話だ。そこは理解した。


 ――と。

 背後の扉がノックされる音がして、わたしはびくりと肩を跳ねさせた。急にびっくりしたわ、もう。


「……旦那様。奥様はこちらにいらっしゃいますか?」


 ミルリの声だった。


「ここにいるよー」


「昼食の準備が整いましたので、お呼びに参りました」


 ディルミックと話していたらもうそんな時間になったらしい。


「それじゃあ、ディルミック。わたしはこれで――ディルミック?」


 ぎゅう、と両手でわたしの手を握られる。その手には力が入っていて、痛い。ただ、震えている手を、痛いからと言って振りほどくことはできなかった。


「……マナー講師を雇ってほしい、というくらいだ。僕と、その、ご飯を食べる気があると、思っていいんだよな?」


「まあ、そう言ってますね、最初から」


「なら、その、ええと……」


 わたしの手を握り、言葉を探すディルミック。しかしその先はなかなか出てこない。

 仕方ないなあ、とわたしが「ディルミックがマナーを気にしないというなら、一緒に食べてくれますか?」というと、とても嬉しそうに、肯定の返事が返ってきた。

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