07.5
隣ですやすやと眠る女――ロディナを、僕はそっと盗み見た。
眉間にしわはなく、完全に油断して寝入っている彼女の頬に、思わず手を伸ばし――触る前にひっこめた。起きる気配はないが、僕なんかが触っていいわけがない。
許可がでないと分かりきっていて、こうして寝込みを襲うのは、卑怯だと思う。
僕は、純銀貨五枚でこの女を妻として買った。
それでも、本当に、こうして、僕と共に寝てくれるだなんて、思ってもみなかった。僕の代でカノルーヴァ家は終わりで、血筋が途絶え、代々国境を守り、辺境伯として名が高いカノルーヴァを滅ぼした業を、地獄まで背負っていくのだと、ずっと思っていた。カノルーヴァを次代へと継ぎたい、と思う気持ちと同じくらい、もう無理だ、という気持ちが強かった。
国中のご令嬢に縁談を断られ、困った僕は領民に手を出した。平民が貴族に逆らえないことなんて、分かった上で、だ。
僕と結婚してくれる貴族がいない以上、平民に手を出す他ない。
一人目は、親に売られた少女だった。
僕へ抱いた嫌悪感を隠せず、表情を取り繕えないくらい、素直で幼い少女。
それでも、親の言いつけを守ろうとして、初夜に寝台へ来た。結局、土壇場で泣き出して、泣きすぎて嘔吐して、初夜どころではなくなってしまったが。
その後、ずっと泣いて、それでも親の言いつけを守ろうとする少女は、どんどんとやつれて行って、結局、見ていられず、僕は少女を清いまま手放した。
だって、彼女は悪くない。僕が、これだけ醜い人間に生まれてしまったのが、悪いのだ。
二人目は、ロディナの様に金で釣られた、ロディナよりは幾分か年を取った女性だった。
彼女は、表面上は穏やかに話せる人間だったが、その実、裏で使用人と僕の悪口を言って楽しむような、裏表のある人間だった。
何かと理由をつけては、僕との夜を拒否して、結局、一度も寝台へこないまま、事故にあい、子供が産めず育てられない体になってしまい、そのまま故郷へと帰った。
事故にあったにもかかわらず、随分と嬉しそうだった彼女に、「本当に事故だったのか」と聞かなかったのは、優しさではなかった。ただ、僕が、面と向かって、拒絶されたくなかっただけだ。
三人目は、行き倒れを拾った。
そのまま、恩を感じて、僕と共にいてくれないだろうか、という打算だった。
結局、その日の晩に、屋敷にあった金目の物をいくつか盗まれ、そのまま逃げられてしまったが。
三人にも拒絶されたら分かる。
結局は、貴族の命令だから断れないだけで、僕を許容してくれる人間は、いないのだと。
何も、愛してほしい、なんて願ってはいない。僕のこんな見た目じゃ、嫌悪感を抱かれることはあっても、好かれるなんて夢のまた夢、ということは分かっている。
愛がなくていい。情がなくていい。金が欲しいだけの、打算でいい。
それでもいいから、隣に立って、共に過ごしてくれる人間が欲しかった。
僕との初夜を受け入れてくれた彼女に、それを期待しても、いいだろうか。
ロディナを眺めながら眠りに就きたい欲をそっと押し込め、背を向けて、眠った。
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