08

 目が覚めると、すでにディルミックはいなかった。寝過ごしたか、と思ったけれど、窓の外を見れば、まだそう陽は高くない。単純に、わたしよりディルミックの方が早起きだということなのだろう。

 昨日の夜の、最後の方は記憶が曖昧だが、ちゃんと服を身にまとっていた。彼が着せてくれたのか、自分で着たのか、どちらだろうか。


 村で過ごしていたころよりずっと上質なベッドで眠ったはずなのに、倦怠感がある目覚めで、そのだるさが妙に生々しく、一人で恥ずかしくなった。

 とはいえ、いつまでもここで眠っていると部屋の掃除ができないだろう。誰がやるのかは知らないけど、使用人がいるような貴族の邸宅なら、誰かがやるだろう。


 ――キンッ。


 部屋に戻ろうと、立ち上がると、小銭が落ちる音がした。

 びっくりして床を見れば、純銀貨が一枚、落ちている。

 わたしは慌ててそれを拾った。


「寝室にこんな大金置くか、普通?」


 しかも、わたしが立ち上がると同時に落ちたということは、ベッドの上にあったということだろう。

 百万円だぞ、百万円。

 いくらお金に困らないであろうお貴族様でも、お金は大事にしろ。

 お金が大好きなわたしは、ことさら、お金を粗末にする人間に敏感なのである。

 そういう粗末な扱いをする人間に限って、お金持ちなんだよな。わたしのほうがもっと大事にしてやるから、その金をよこせと言いたい。


 わたしは自室に戻るのをやめ、そのままディルミックの私室に繋がるのであろう扉をノックした。

 返事はない。

 いないのだろうか、と思っていると、ゆっくりと扉が開かれ――パチと目があった瞬間、閉められた。デジャヴだ。昨日もあったぞ、こんなん。


「な、なんでそんな恰好してるんだ!?」


「起きてすぐだからですけど!?」


 言われて気が付いた。わたし、昨日の勝負下着のままだ。

 まあ、今はそんなことどうでもいいのである。


「ちょっと開けてもらっていいですかね?」


 わたしがそう言うと、少し経って、本当に少しだけ扉が開いた。多分、わたしを見ないようにの配慮だろうが知ったことか。わたしはその隙間に手を突っ込み、扉を勢いよく開けた。仮面をすでに装着しているようで、表情こそ見えないが、驚いている雰囲気がこちらにも伝わってくる。

 もうこっちはこの姿見られてるんでな。恥ずかしいけど! 恥ずかしいけども!

 今は純銀貨の方が大事なのである!


「これ! 落ちてましたよ。駄目じゃないですか、こんな大金、ちゃんと管理しないなんて!」


 左手でディルミックの手首をつかみ、右手で拾った純銀貨をその手に握らそうとするも、ディルミックは拳を握ったままだ。


「ちょっと、受け取ってくださいよ」


 わたしは彼の指を強引にこじ開けようとする。ディルミックはうろたえたまま、必死に首を横に振っている。


「ちが、違う! 落としたんじゃない、君にあげようと思って、手に握らせておいたんだっ。というか、手……手……っ!」


「えっそうなんですかじゃあ貰います」


 反射でわたしは答えてしまった。いやそうじゃない。そうじゃないぞ、わたし。


「これなんの純銀貨ですか? 契約分のじゃあ、あと四枚足りないですよ。それとも一夜につき一枚づつくれるとか? いや流石に五回で三人孕む自信はないっていうか……」


 しかも最低三人なのである。希望数生まれるまで子供を産む契約なわけなので、四人以上になる可能性もあるわけだ。男三人とか、女三人とか、そう続いたらどうするつもりなんだろうか。


「これは……別に……その、初夜をしてくれたから……契約とは……別に、その……」


 しどろもどろになりながら、ディルミックは言う。いや、あの契約なら、初夜も純銀貨五枚に含まれるのでは? お金持ちの考えること、平民わかんない。契約書自体は単純なものだったから、何か抜け穴とか作られんのかな、とは思っていたけど、わたしが得をするとは思わなかった。


「……なんだよ、いらないなら返せよ。折角僕が……」


「いや、貰います。貰えるなら貰います。もう返しません、ありがとうございました」


 わたしはパッとディルミックの手首を離し、純銀貨を握りしめた。

 やったぜ!


「それで? 用はそれだけか?」


「ああ、はい。あ、そうだ。おはようございます」


「なっ……。お、おはよう!」


 そう言えば純銀貨に夢中になって挨拶してなかったなと思い、一応しておくと、ディルミックからの返事をかき消すように、扉がバタン! と乱暴に閉められた。

 この男、テンパると幼くなるんだな。顔面こそ、美しさの暴力だが、そういうところはどちらかというと、かわいいのかもしれない。

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