08.5
挨拶をしてもらえたことにびっくしりして、思わず反射的に扉を思い切り閉めてしまった。後悔して謝ろうと扉を開けようにも、ばたん、と彼女の部屋の扉の開閉音が聞こえて、僕はドアノブへを握ったままだった手を力なく下ろした。
「あ、あ~~~……。うわぁああああ……」
先ほどの彼女を思い出し、僕はうめき声をあげながらソファへと倒れ込んだ。仮面をしていてよかった。絶対に変な顔になっている。醜男のこんな顔、誰にも見せられない。まあ、今この部屋に僕一人なんだけれども。
露出が控えめで、少し幼さがあるにも関わらず、情事を連想させるやらしさのある寝巻。そんなものを見てしまえば、昨日の夜のことを思い出してしまう。
人の肌が温かいのだと、久々に感じ、懐かしくなった。
幼少期こそ、世話係がいて、僕の身の回りのことはしてくれていた。
けれど大きくなり、顔の不細工さが際立ち、同時に僕が自分のことを自分で出来るようになってからは、人とのふれあいは皆無だった。彼女が触れてくれた右手首が熱い。
触ることを許されたことに、言いようのない高揚感を覚え、心臓が早まる。
「くそ……くそ!」
昨晩のことを思い出すと、顔が熱くなる。きっと彼女はこんな僕を、想像なんてしないのだろう。だからこそ、あんなに無防備でいられるのだ。
ひとしきり悶絶した後、急に、すっと冷静さを取り戻す。
そうだ、彼女は買われてここにいるのだ。
演技に決まっている。僕を受け入れてくれたように見えるのは、僕がかけた純銀貨五枚の魔法だ。きっと、純銀貨五枚というお金がなければ、彼女も他の人間の様に、僕を遠巻き罵倒するに決まっている。
本当に?
彼女は僕に、純銀貨を返そうとした。まあ、結局は返ってこなかったけど、あげたものなのだからそれはいい。
僕を疎む人間たちと同じなら、きっと何も言わずに純銀貨を懐に入れたはずだ。
いや、そんなことないか。平民が貴族のお金を盗もうものなら、首が飛ぶか、身が焼けるか。いくら純銀貨一枚が平民にとって大金とはいえ、すでに純銀貨五枚が手に入る予定があるのだ。割にあわない。
都合のいい様に考えるのはやめよう。
彼女が、金があれば僕の隣にいてくれるというのなら、僕は彼女に渡す金を稼ぐまで。
僕は立ち上がり、朝食の前にもう一仕事済ませてしまおうと、机へと向かった。
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