26
バタバタと慌ただしく着替えと朝食を済ませる。少しして、業者の人がやってきた。普段のペースで支度していたら、朝食を食べ損ねるはめになっていたかもしれない。ギリギリセーフだ。
立ち会うのはわたしとミルリ、そしてディルミックがいた。欲しがったわたしはともかく、こういうのは執事とか、そういう人と話を進めるのかと思っていた。
既婚者は業者とすら密室で男と一緒になってはいけないとか、そういうルールが……?
あれ、そもそも執事がいない……? そんな馬鹿な。でも、確かに厨房組の二人とミルリ以外の使用人を見ていない。ミルリは挨拶してくれたとき、『奥様付きのメイドの頭』と言っていたし、ディルミックもわらかないことは彼女『達』に聞け、といっていたから、ミルリ以外にも使用人はいるはずなんだけど……。
「簡易キッチンはこの辺で? 棚はどのくらいのものにしますか?」
業者さんはメジャーを持ちながらわたしに聞いてくる。プロだからか、この屋敷に出入りしなれているのか、仮面姿のディルミックを見ても驚きもしない。貴族の屋敷だし、後者かな?
それにしてもキッチンの場所か……。
「キッチンは……えっと、どの辺がいいのかな……。ディルミック、どの辺がいいと思う? とりあえず一口コンロがあれば充分なんだけど」
家の構造が分からないのでディルミックに丸投げである。
「そうだな……この辺りなら、比較的工事がしやすいと思うが」
ディルミックが指したのは、廊下側の扉のすぐ近くだ。入ってすぐではあるが、確かに丁度よさそうなスペースである。
「じゃあ、そこで。あっ、茶葉の棚はコンロとは逆側に作ってください。背はわたしの腰程度で、あんまり高く作らないで、扉は付けて。大きさは……このくらい、いやもう少し小さく、このくらい!」
わたしは身振りで棚のサイズ感を伝える。
あんまり欲張って大きい棚にしてもらっても、茶葉を消化しきらないのなら無駄である。紅茶の茶葉は結構持つけど、緑茶とか、ハーブティーのフレーバーとかはそうでもない。飲みきれる分だけ買って、美味しく飲むべきだ。
とはいえ、ディルミックがいるので、消費ペースは一人で暮らしていた時の二倍……は無理でも、一・五倍くらいと思ってもいい……はずだ。いいよね?
「奥様、マルルセーヌの方でしたか?」
「アッそうです……」
茶葉の棚のときだけ、急にテンションを上げてしまったからだろうか。普通にバレた。隠していたわけでもないけど。
でも、マルルセーヌ人だったら、キッチンで最も重要視するのは茶葉用の棚である。これはもうお国柄なので! しかたないので!
「でしたら、棚のカタログがこちらに」
そういって、部屋の隅に置かれた業者さんの鞄から、カタログが取り出される。食器棚とは別の、茶葉を置くための棚。茶葉を入れる缶をひとつづ入れられるようになっている。そんな感じの棚が、何種類も載っているカタログだ。
「茶葉を置く棚、とわざわざおっしゃっていましたから、もしかして、と思って持ってきたのですが……正解でしたね」
「ディルミック!」
思わず彼の方を見てしまえば、「好きにしろ」と言われた。言質は取ったぞ。
コンロの設置の相談より、茶葉を置く棚の相談の方が圧倒的に長かったのは――言うまでもない。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます