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もぐもぐとサンドイッチを食べ勧めていると、まだ何か言いたげな視線を、ディルミックから感じる。
わたしが再び、「やっぱり食べますか?」と聞く前に、ディルミックが口を開く。
「マルルセーヌの女性は、そんなにも稼げないのか? 生涯年収が混銅貨五枚ということだろう?」
混銅貨は日本円にして五十万円だ。真面目に働いていれば、バイトでも半年程度で稼げる金額である。
「まあ、物価が安いですしねえ。あ、勿論、混銅貨五枚はあくまで平均値なので、稼ぐ人はもっと稼ぎますよ」
少なくとも、わたしの住んでいた村にはそこまで稼げる人はいなかったけれど。読み書きが出来ないというのは、それだけで稼げる仕事を選べる権利がなくなると言うことだ。もっとも、田舎な村であるあそこでは、よっぽどのことがないかぎり、食うには困らない農家が人気だったけれど。
「そもそも、働く期間が短いんですよ、マルルセーヌの女は」
結婚適齢期を過ぎても働いているのは、夫に捨てられた女くらいのものなのである。いやこれマジで。死に分かれた女性は大抵生きていける財産を遺されているし。
かといって、お茶が関わらなければ比較的穏やかなマルルセーヌ人のこと、そんな女性を表立って指さす奴はいない。
「一夫多妻がステータスの国ですからねえ。貰ってくれる男が見つからない女はいないんですよ、びっくりすることに」
どんな女でも、嫁ぐ相手が見つかるのである。恋愛結婚をする夫婦が圧倒的に多いのだが、それにあぶれた女ですら、ステータスのために新しい妻を探している金持ちが貰っていく。
結婚が女の幸せとは限らない、という時代に生きた前世の記憶があるからか、ちょっと考えられないのだが、マルルセーヌの女性は、これが当たり前の生活を送ってきたので、疑問を抱く人は少ない。
女性だってもっと働きたい、と言い出す人も、いるにはいるが、そういう人は大抵、飲食店経営者なり商人なりの元へ嫁いで、家族経営のお手伝いをしている。
「……君はそういう男の元へ嫁ごうとは思わなかったのか?」
「まあ、ちょっと考えなくもなかったですけど……ぶっちゃけディルミックの提示した金額が一番よかったというか……」
マルルセーヌの結婚適齢期は、十八~二十三。あまりこういう言い方はしたくないが、二十二のわたしはどちらかといえば売れ残りの方であり、後がないと言えば後がなく。とはいえ、何人からかは、第○夫人に、なんてお声がけをいただいていたのだが。
ぶっちぎりでディルミックのところが金額高くて、条件が良かったのである。
それに。
「わたし、一夫多妻はちょっと抵抗あるんですよ。その点、グラベインは一夫一妻が法律で定まっていますし、国中のご令嬢にフラれて、三度も妻に逃げられたなんて噂されていた人なら、浮気の心配なさそうだなって」
前世の記憶があるからか、どうにも一夫多妻制度は受け入れがたかったのだ。かといって、今からわたしだけを見てくれる恋人が見つかるだろうか、なんて思ってもいた。
まあ、これは一割程度の理由だけど。純銀貨五枚を提示された時点で、結婚を決めていた。好条件に好条件が重なった、というだけの話であり、仮にディルミックが浮気性だったとしても、純銀貨五枚を諦める理由にはならない。
「うわき」
「そう、浮気です」
「うわき」
「……ディルミック?」
わたしの話を消化しきれなかったのか、「うわき」と、何度か繰り返している。久々に見た、完全な思考停止である。
その合間にも、サンドイッチを食べ終えたわたしは、ベッドサイドに置かれたテーブルに皿を置き、寝ころんでディルミックの回復を待つ。
このまま放置するのはなんだかはばかれて。
ディルミックの意識が戻ってきたら、歯を磨いてくる、と言ってわたしの部屋の洗面台に行こうと思ったのだが、この後の記憶がない。
お腹が満たされたわたしは、どうやらそのまま寝たようだった。
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