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メイドさんと思われる女性(顔を見てないので声で判断するしかなかったが、とりあえずミルリではなかった)が持ってきてくれたのは、ハムが挟んであるだけの、とてもシンプルなサンドイッチだ。まあ、夜食に豪華な物を持ってこられても……という感じではあるし、この家のものはお貴族様の家なだけあって、総じて素材がいいので、これだけでも十二分に美味しい。
「美味しい……」
久々にゆっくりとご飯を食べられた気がする。いや、普段から食事時間は長いけれど。お腹が苦しくなく食べられるのは久々だ。あと、ベッドの上でご飯を食べるというのは、なんかちょっと不思議な感じ。
いや、前世ではよくやってたんだけど、今世ではちょっとしたお菓子とかでもお茶を添えるからひっくり返した時が怖くてベッドの上ではものを食べなかったし、嫁いでからはタイミングがなかった。
コルセットに慣れるのが早いか、パーティーが過ぎてコルセットをしなくてよくなるのが早いか、どっちだろうか、なんて考えながらサンドイッチを食べていると、ふと、ディルミックの視線に気が付く。
「……食べますか?」
サンドイッチは三切れ。ディルミックも食べるだろうか、と思い聞いたが、「いらない」と断られてしまった。
それでも、ディルミックは、じい、とわたしを見る。なんだ、断ったんだからサンドイッチはあげないぞ。
――と。
「……どうして、君はそんなにも頑張れるんだ?」
なにやら深刻そうな顔で、ディルミックが言ってきた。
サンドイッチを食べるのをやめようかと思ったが、あまりにも真剣な表情に、ちょっと気まずくて、逆にサンドイッチが手放しがたい。一度置け、とも言われなかったので、わたしはそのまま、食べる素振りを店ながら、「どうして、とは?」と聞き返した。
「君は平民だ。それも、他国の。我が家の領民じゃないから、僕の言うことを聞く義務もない。どうして一緒に来てくれるといい、厳しい叔母様の教育にも、弱音を吐かずに耐えてくれている」
「いや、ディルミックの前で言わないだけで、結構弱音は吐いてますよ」
特にミルリの前とか。しんどーい! みたいのはよく言う。辞めたいとは言わないが。コルセットに関しては、毎日毎日、もう少し緩めてくれと懇願しているくらいだ。
「まあ、それでも、ディルミックの目には頑張っているように映るなら何よりです。――純銀貨五枚もいただきましたから。それに見合うだけの働きをするだけです」
「……純銀貨五枚は、僕と結婚して、子供を産む契約の為の金だ。君にそれ以外を強いる為の金額じゃない」
自分で言っておきながら、ディルミックは少し泣きそうな顔をしていた。辛くなるなら言わなきゃいいのに。
「わたしはディルミックの妻になるつもりで純銀貨五枚を貰いましたから。パーティーに出ることくらい、別に契約外じゃないです。まあ、常日ごろから貴族を意識しろとか言われたら、追加金貰いますけど」
一回二回くらいならサービスの範囲内と言うか、わたし自身、そのくらいは貴族らしいことを強要されるかも、と覚悟してきたので。
「金のために、頑張るのか」
「まあ、純銀貨五枚はマルルセーヌの女の生涯年収の十倍ですからねえ。多少はサービスします」
あと、ディルミック自身、悪い人じゃないし。それになんといっても顔がいい(わたしに取っては)。
わたしも人の子なので、これでディルミックが横暴で恰幅のいいおっさんとかだったら、本当に結婚して子供産むくらいしかしなかったかもしれない。イケメンってやぱ得だよな。
「か――ねとそれなりの性格の良さがあるのもありますけど」
あぶねえ、また顔の話をするところだった。わたしは慌てて金と言い換えて、誤魔化すようにサンドイッチを食べた。
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