73.5
久々に、彼女の肌に触れられると思ったら、年甲斐もなくはしゃいでしまったのだ。
彼女が、婚約パーティーに向けて叔母様に指導されている間は、疲れているだろうから、と、極力そういうふれあいは避けていたし、そのまま婚約パーティーと僕のトードンロンへの視察が続き、本当に久しぶりだったのだ。彼女への恋心を自覚してからは、初めてですらある。
詰めていた仕事からの解放感と、久しぶりに彼女に会った喜びで、どうにも僕の頭は緩くなっていたらしい。
キスをしたいと、不相応にも、ねだってしまった。
想像していた反応としては、「気持ち悪い」と拒否されるか、適当に流されてしまうか、「じゃあお金ください」と交渉されるか。
長年の経験から、どうしても拒絶される姿が一番に浮かんでしまう。ロディナはそういう女性ではないと、分かっているつもりではあるのに。
でも、流されると、本気で思っていた。
しかし、現実はどうだ?
顔を真っ赤にして、ぎゅう、と目をつむっているロディナが、目の前にいる。断られると、流されると思っていて、純銀貨を何枚用意するか、と頭の片隅で計算していたのに、そんな必要は、全くなかった。
「ほ、んとうに、いいのか」
「は、早くしてください……やるなら一思いに」
僕の最終確認に返ってきた言葉は、文字にすれば、僕と嫌々キスをする人間のそれに見えるけれど、今のロディナを見れば、どう解釈しても、照れから来ているようにしか見えなかった。
ばくばくと心臓が暴れる。
自分で言っておきながら、本当にいいのか、と、躊躇った。でも、このまま迷っていれば、きっと初夜のときのように、彼女が痺れを切らすだろう。
彼女からしてもらえる、というのはなんとも甘美な響きだったが、二度もそんな情けないことを出来るわけがない。
僕はごくりと唾を飲み込み――彼女の唇に、僕の唇を押し付けた。
「――っ、ふ」
キスのやり方なんて、知らない。
閨の指南役は、僕にキスの仕方を教えなかった。それはそうだ。教えようとしたら、僕とキスをしないといけない。
子供を作るのに、キスなんて、本当は必要ない。最低限の行為を教えればよかった彼女が、僕にキスの手ほどきをする必要もなかったのだ。
「ロ、ディナ……」
思わずこぼれた彼女の名前が、僕の吐息に溶ける。
彼女の唇があまりにも柔らかくて、一度、二度、と、夢中になって彼女に口づける。
「――ディル……っ」
ロディナに名を呼ばれ、ハッとなる。驚いて顔をあげようとして、ガチン! と彼女の歯と僕の歯が当たった。
僕は思わず口元を抑える。彼女も口元を抑えて震えていた。
そんなに痛かったか、と彼女に謝ろうとして、彼女が笑いを堪えているのに気が付いた。堪えている、というか、堪え切れずにちょっと笑い声が漏れている。
「ふ、ふふ……っ。初めてのキスで歯が当たるとか、マンガ――物語みたい」
おかしそうに笑う彼女は、僕とキスをしたにも関わらず、嫌悪感なんて、一切感じていない様だった。
「――……もう一度、いいか?」
彼女に問う。
ロディナといると、どうしても、『もっと』という感情を抑えきれなかった。最初は逃げずにいてくれるだけでいい、と思っていたはずなのに。
ロディナの顔が見たい。ロディナに、妻としてパーティーの席に出席してほしい。ロディナと一緒にいたい。ロディナと――キスがしたい。
浅ましい、よく深い、僕なんかが、と思いながらも、欲望はどんどんあふれてくる。
ロディナは、ぱちぱちと瞬きをし、少し考えるように視線を泳がせ、目を閉じた。
いいよ、と言う代わりだろうか。僕の首の後ろに手を回し、ぎゅっと、抱き着いてきたのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます